【17】

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  「なんだって?」  三神さんの言葉に、秋月さんが怪訝な顔で首を傾げた。  三神さんは紅さんの言葉を通訳して聞かせたのである。だがその内容が間違いないとすれば、僕たちの知る事実とは大きく食い違う。  三神さんは指先で顎をさすり、そして水中さんを見据えた。 「おことさんはおそらく、こう言いたかったんだ。家の裏庭に女子が来たのだが、何もせずに消え失せた。だがしかし、自分たちも老いてボケてしまった。外からの侵入者を防げぬようでは、もはやこの村はおしまいだ」  三神さんの語ったその言葉を聞くや否や、水中さんは目を見開いて立ち上がろうとした。だがそれを、背後に控えて両肩に手を乗せていた秋月さんが妨げた。  水中さんはストンと尻から畳に落ちるも、そのことに気が付かぬ程驚きのこもった目で三神さんを見つめていた。 「ここの裏庭へとたどり着く前に、侵入者は一度その姿を村の外で目撃されている。そこで眠っている、六花嬢の妹、めいだ。津宮さん。あんたも一緒に話を聞いたな?」  三神さんの視線が突然自分に向き、津宮さんはビクリと体を震わせて何度も頷いた。彼は彼で、何かに思い当たっている様子だった。だがそこにあるのが恐怖なのか、葛藤なのか。彼の顔は酷く汗ばみ、そして土気色をしていた。 「めいはこう言った。顔は見ていない。だから……男か女かも分からない」 「噓だ!」  水中さんが荒ぶる声を上げた。「あんたぁ、私をはめようとしているな。私だって長年紅家に出入りしてるんだよ。婆ちゃんがなにを言ったかだってちゃあんと分かってる。私は確かに女子と聞いた!あんたはデタラメを言ってる!」 「そうかね?」 「そうだよ!デタラメだ!」 「だが、若いとは、おことさんは一言も言ってないぞ?」 「女子と聞けば、大体若いだろうが!」 「八十を超えた婆さんの言う女子が、若いかね?」 「言葉遊びをする気はないっ」 「何故、若い女子と言ったんだ?」 「なに?」 「事の発端だよ。玉宮家に電話を寄こしたのはおことさんじゃなく、水中さん、あんただそうだね」 「……それが、なんだ」 「若い女がきて、カナメ石から御力を奪い去った。そう言ったんだな?」 「そうだ!」 「めいは声を聞いて尚、男女の区別が出来なかった。おことさんは、女子としか言わなかった。若い、と言い張っているのは水中さん、お前さんだけなんだ」 「……」 「若い女が突然村に侵入したんじゃない。あんたがその女を招き入れた……違うかね?」  招き、入れた?  三神さんの言葉に、各々の鋭い視線が宙を錯綜した。  答えがどこにあるのか分からず、色んな人間が色んな顔を睨んだ。 「知らない知らない!若い女が来てカナメ様の御力を奪い去ったんだ!」 「なぜ、水中さんはカナメ石の力が消えるという部分に拘るのだ。それが何を意味するのか分からんわけでもあるまい?」 「ど、どういう意味だい?」 「カナメ石の力が消えることなど、本来ありえないことだ。あんたが何を思い、誰をこの村に招き入れたとしても、おそらくあの井戸の結界を外すことなど出来ない」 「なぜだ!」  水中さんが叫ぶ。  秋月さんが細い腕で、水中さんの身体を押さえ込んでいる。 「一番の大きな理由としては、そう。おことさんの言葉を借りるならば、裏庭に侵入した女が何もせずに消え去ったからだ。だが、水中さん、あんたはその事に気付かなかったんだ。自分の呼び寄せた女がまんまと村に侵入した以上、カナメ石の力は消え去ったはずだ、そんな風に考えたのだろうね。なのに、紅家にも玉宮家にも相変わらず変化はない。だからあんたは業を煮やし、おことさんを亡きものにしようとしたのだな?」  ――― 違うッ!  水中さんから迸った感情が何なのか、僕には分からない。しかし水中さんの上げたその叫び声に、僕は思わず辺見先輩の体の前に腕を出し、彼女を守ろうとする態度をとっていた。無意識だった。 「殺し、た?」  津宮さんがそう呟き、秋月さんは水中さんの肩に置いた両手に力をこめた。 秋月さんはおそらく、めいちゃんの口からを聞いた時点で、おおよその見当はついていたのだと思う。だからこそあえて水中さんの背後に回って、彼女の挙動を抑え込んでいるのだ。 「なんでよ!」  そう叫んだのは、辺見先輩だった。  僕もそうだ。辺見先輩の困惑と同じである。三神さんの語った事の背景が全て真実だったとしても、おことさんが殺される理由は分からない。そしておことさんを手に掛けたのが水中さんであるという理由もまた、これっぽっちも理解できなかったのだ。 「殺し、たのか」  津宮さんが呻いた。信じられない様子だった。男女の違いはあれど、津宮さんと水中さんは生活環境がとてもよく似ている。  親戚筋と言うからには津宮さんもこの村の出身で、水中さんが紅家の側で共に生きてきたように、玉宮家に出入りして甲斐甲斐しく世話を焼いてきた。津宮さんの口振りからすれば、当たり前とまではいかなくとも、自分の生き方であると受け入れている事が自然と伝わって来た。  あるいは津宮さんが紅家に仕えていたならば、彼も水中さんと同じ行動をとったということなのだろうか。だが、色を失ったような顔で瞳を震わせる彼を見る限り、僕には到底そんな風には思えなかった。 「なんで? 水中さん、どうして?」  問い詰める、辺見先輩の直情的な眼差しに、水中さんは目を背けた。 「あんたに言うても分かりぁせんよ」  そう言う水中さんに、辺見先輩は尚も吠えたてる。 「答えになってない! 津宮さん、津宮さんもそうなの? 小夜さんに対して、恨みを持ってるっていうの? 殺したい程憎んでるっていうの?」  詰め寄ろうとする辺見先輩の肩を掴んで、僕はゆっくりと下がらせた。 「私は……」  津宮さんは俯き、言葉を濁した。  殺意などないのだろう。だが、彼にも水中さんの心中を察しえるだけの積み重ねがあるということは、何となくその表情から読み取ることができた。津宮さんは答えなかった。だが、かえって言葉のない答えが、辺見先輩を深く傷つけた。 「おことさんは、どこですか?」  静かに聞いた僕の問い掛けに、水中さんは右腕を上げて答えた。右腕は手の先でひとさし指だけを伸ばし、真っすぐに隣室へと向けられていた。  隣の部屋、ではない。そこには誰もいなかった。  だが、僕たちはすぐにその答えに行き当たった。  めいちゃんが、おことさんの声を聞いたその場所に、きっと間違いないのだろう。 「この村は一体どうなってるのよ!」  辺見先輩が叫んだその声は、決して広くはないこの和室のどこかへと虚しく吸い込まれて消えた。
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