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【1】
大学一年の、冬。
その年の九月に起きた、後に『リベラメンテ事件』(※ 新開水留著『文乃』参照)と呼ばれることになる一連の騒動の余韻も冷めきらぬ、十二月の寒い日だった。
僕の携帯電話に三神三歳という男性から連絡が入った。三神さんというのは、九月に起きた事件で知り合ったプロの拝み屋で、個人・団体問わず依頼者の吉凶を占う祈祷師であり、怪現象の問題解決を請け負うまじない師でもある。
電話に出た僕の耳に、温もりのある声が聞こえた。
「新開の。その後、元気にしてるかね」
「御無沙汰してます。三神さん」
新開とは僕の苗字で、名を水留という。
三神さんからの電話の内容をひと言で表現するなら、「気分転換へのお誘い」だった。聞けば三神さんは、所用で友人と会うべく、関東近郊にある海沿いの街へと出向く予定なのだそうだ。
「冬の海は良いぞ~」
「寒そうですねえ」
「仕事の関係でどうしてもその友人に会わねばならんのだが、おそらく君も一度は会ってみたいと思うんじゃないかと思ってねえ。声をかけてみたんだ」
「僕がですか?」
「道中話そう。来れるかね」
突然の申し出に、当初渋る気持ちもあった。しかし再び三神さんとお会いできるのは単純に嬉しかったし、気分転換と言われて胸が弾んだのも確かだった。
だが今なら言える。
行くんじゃなかった、と。
関東近郊、としか言えない。
鈍行列車に揺られて降り立ったのは、海風がまともに吹き付ける小さな駅のホームだった。
短く刈り上げた白髪交じりの男性が、満面の笑みを浮かべて僕たちを出迎えてくれた。作務衣にMA-1ジャケットというおかしな組み合わせがトレードマークの、彼が三神三歳その人である。夕方前に到着した時、ホームには三神さんしかいなかった。
とそこへ、
「寒いんですけどー!」
僕の背中から顔を出したその声の主を見て、三神さんはさらに破顔して手を叩いた。
僕には連れがいた。同じ大学に通う文芸サークルの一つ年上の先輩で、名を辺見希璃という。三神さんと彼女は僕と同じく、秋口の事件に巻き込まれて知遇を得た間柄である。
「いやー、会いたいと思うとったんだー!」
三神さんは両手を広げて辺見先輩を迎えるも、先輩は顔の前で右手を軽く振り、
「寒い寒い、帰る帰る」
と海老のように後退った。
「秋月、姉妹?」
駅のホームを出た僕たちは、三神さんが運転するレンタカーの車内で話を聞いた。
三神さんが言うには、彼は定期的に仕事でこの街を訪れており、ここで暮らす友人に頼まれ物を納品しているんだそうだ。その友人の名が秋月であり、姉妹で喫茶店を営んでいるとの話だった。
「姉は妙齢にしか見えぬ三十過ぎなんだがねえ、少々きつい面もあるにはあるが、これがまたとても見目麗しい」
前を向いたまま感じ入った様子で首を振る三神さんに、後部席の僕は苦笑しながら窓の外を眺めた。
「秋月六花と言ってな。実を言えば、彼女もまた一方ならぬ霊能者なのだよ」
女性の年齢や見た目の話をするなんて、と怒った素振りを見せていた辺見先輩は、思いもよらぬ話に驚いて僕の顔を覗き込んで来た。
「僕が会いたがるだろうって、その方なんですか?」
に三神さんは首を縦に振り、こう言った。
「この間の事件で、うちの娘が言うておったろう」
「幻子さん?」
尋ねる辺見先輩に、三神さんは再び頷いた。
三神幻子。十七歳の女子高生で、三歳さんとは血縁関係こそないものの、親子のような関係であり、拝み屋としては師弟関係にある。千里眼を持ち、予知夢を見る。そして師である三神さん譲りの呪術まで扱うという、折り紙付きの霊能力者だ。
「もしかして、日本最強のヒーラーだっていう人ですか?」
「さよう」
ヒーラー。治癒者。
僕たちが巻き込まれた九月の事件において、八面六臂の大活躍をしたと言っても過言ではない、三神幻子。彼女はその事件で、怪現象調査の陣頭指揮に立っていた西荻文乃という女性の命を救った。大怪我を負った彼女の命を、幻子は手かざしという古来より伝わる民間療法だけで繋ぎ止めた。だが後に聞いたところによれば、幻子の超絶的な手かざし治療の裏には、何やら別の霊能者の尽力があったそうなのだ。要するに幻子は、その別の霊能者から治癒の力を借り受けていたというのである。
それが、幻子が自ら語った所の、
「日本最強のヒーラー」
だった。
「会いたいです!」
僕は狭い車内の中で声を裏返して叫んだ。
「文乃さんの命を救ってくださったお礼を、是非伝えたいとずっと思ってました!」
「なんで新開くんがお礼を言うのよ」
冷静に突っ込む辺見先輩に気勢を削がれ、僕は握った拳を降ろした。
「なんでって……言いたいんですよ僕は」
「今日はなんで幻子さんいないの?」
僕を無視し、辺見先輩は首を前に伸ばした。
「ああ」
三神さんは短く声を切った後、言い難そうに答えた。「六花嬢の妹というのが名を、めい、と言ってな。実は六花嬢とは血が繋がっていないんだ。めいはまだ中学生だが、すでにその事を知っていて、なんというか、ワシと幻子の関係性にシンパシーを抱いておるというか、なんというか」
「親近感?」
「ううむ。まあ、特に幻子に対する憧れが強い。だもんで、六花嬢としてはあまりあの子たちを引き合わせたくないんだよ」
「どうしてです?」
思わず聞いた僕の言葉に、三神さんは間を置いた。
本当に言い辛そうだった。
この時三神さんの口から聞いた幻子とめいちゃんの過去の出来事は、今回僕と辺見先輩が経験した村での事件とは直接関係がない。いずれ機会があればお話しできると思うが、それゆえ今は割愛させていただく。
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