一華と私二人三脚

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一華と私二人三脚

親というのは偉大なものだ。愛し合って結婚し子宝に恵まれて両親ともに神に感謝し子どもの為を思って熟考した名前をつける。親から子への最初のプレゼントは名前だ。 どんな風に育ってほしいか願いが込められた名前は子に一生ついてまわる。 だけど私の場合は違っていた。 一華がいきなり生まれたから、私はアルバイトの会社に電話しまくらなければならなくなった。お休みを頂くこと。赤ちゃんが生まれたこと。会社の人は突然のことにみんな焦っていた。要らない仕事を増やしてしまい申し訳無く思う。どうにかこうにか産休がとれて、次に考えるのは一華の出生届のこと。産婦人科の入院に加え、一華を乳児院に預けることも重なって、書くべき書類が山のようにあった。全部住所、名前、生年月日、印鑑印鑑印鑑。 同じ事を何度も聞かれる。いい加減疲れてきたが、ホームレスでなくて良かったと心底思う。一華をあやしながら印鑑を押しまくる。印鑑印鑑印鑑。 退屈な日が終わりやっと退院になり私は自分のアパートに帰ってきた。乳児院に一華を預けに行った後にだ。部屋はカビ臭い匂いがした。私はしがないアルバイト。貧乏だと清潔さが保ちにくいので私の部屋には蜘蛛の巣がはっている。一華が将来来ることを考えて慌てて掃除をし始めた。トイレに溜まっている埃を拭き取り洗濯機を三回回した。夕食のために八宝菜を作ったところで処方されているクスリを飲んだ。エビリファイだ。私の病名は統合失調症。倒れこむように布団に入り、その日はお役ご免となった。 次の日からは産休だ。役所に行き一華の出生届を提出する。手続きは、並んで待たされることなくスムーズにいった。職員さんにおめでとうございますと言われてくすぐったい感じがした。私は祝福されるに値する人間ではない。でも一華は、違う。これから薔薇色の未来が待っているはずの乳児だ。 一人になり考えるのは一華のことばかりで、考えても考えても飽きたりなかった。乳児院ではうまく適応できるだろうか、二歳三歳になって私を見たら人見知りするだろうか、いつ、迎えにいけるだろうか。乳児院に預けてまだ二日目なのになんだか無性に寂しくなった。病院でとった一華の動画を、30秒程度のものを何度も繰り返し再生していると自然に涙が溢れてきた。これはなんの涙なんだろう。 しかし親としてはまず、稼がなければならない。どんなに仕事が嫌になっても一華のためにやめるわけにはいかない。 私の母は、生きがいができて良かったねと言った。その通り、これからの人生は好き勝手やらずに一華のために真面目に真人間として生きなければならない。 恋愛ごっこはこれで終了だ。私はスマホにある変態男達の履歴を削除した。
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