マリー

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 私は昨夜、執事を一人、解雇いたしました。  齢二十五の優男を路頭に迷わせるなど、もちろん良心が痛みましたが、仕方がありません。  この執事、背ばかりがスラリと高い癖に軟弱で、私と腕相撲に興じた時にはわずかに五秒足らずで力尽きました。  いいえ、私が特別強いというわけではないのです。  ただ少しばかり弓道、薙刀、乗馬などのスポーツを嗜む程度の細腕です。  それでもよく気が付き、愛想が良く、私の好みの容姿では全くないのですが連れて歩くと羨ましげに振り返られることも多々あるという見栄えもなかなか良い執事でしたので、幼少の(みぎり)より十二年間、私の身の回りを任せましたが、もう我慢の限界です。  当家・立花家は、清和源氏の流れを汲む……末裔がいうのもなんですが、由緒正しき家柄でして、曾祖父の代に突然車に目覚め、“マリー”というメーカーを立ち上げました。  何故このような少女趣味な名前を付けたかといいますと、曾祖父がパリへ留学した際に恋に落ちた女性の名前を勝手にいただいたと聞いております。  曾祖母には極秘ですし、諦め悪く名前を拝借するくらいなのでその恋は儚く散ったようですが、メーカーは今や世界的一流企業に発展しました。  性能の良さに加え、その名前とは正反対の厳つく無骨なデザインというギャップが、車好きにはたまらないそうです。  元執事・ニシカワは、途中から若干の成り上がり感が漂う当家に代々仕える、ある意味歴史深い家に生まれました。  物心付かぬ頃から立花家で働くと定められていた、傍から見れば可哀想かもしれない執事ですが、今度あたしの前に現れたらもう一発引っ叩いてやるから覚えとけヘタレメガネ。
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