352人が本棚に入れています
本棚に追加
♢
ざわざわとざわめく複数の人の声と、聞き覚えのない怒声が脳を揺さぶり、暗闇の中にいた意識が浮上し始めた。
啜り泣く声も聞こえる。
シャンデリアのかかった豪勢な天井をぼんやりと見つめ、霧がかった頭でまず自分の記憶をなぞった。
名前は河鹿。男。
ハワイ行きの飛行機に乗っていたところ、気がついたらパーティー会場に居て、謎の殺人ゲームに巻き込まれた。
百人の乗客がどの位減らされたのか、全員殺すまでこの会場から出られないのか。
それからええと、その後はディナータイム、なんてものへ招待すると言っていた。
今は夜なんだろうか、俺は時計を持っていない。持っていたのかすら覚えていない。
最後の記憶は、血。
イカれた愛情餓鬼の狂犬、ヤロの狂気を垣間見て、俺は死体の山の上で気を失ったのだ。
そこまで振り返る頃には意識はハッキリと覚醒し、先ほどから響く怒声の言葉の意味がわかるようになった。
「何とか言ったらどうなんだ? どうして何も喋らない、口が聞けない訳じゃないんだろう? こんな常軌を逸した状況で、協調性がないのは致命的だ! 今こそ力を合わせて、また化物が現れた時に備えるべきなんじゃないか!」
俺に言っているのかと言うほどすぐそばで聞こえるその男の声は、概ね間違いではない。正しいと思う。
が、如何せんなぜ俺に言うのか、わからない。返事もなにもさっきまで気絶していたのに。
兎に角起き上がらなければ、と体を起こそうとすると、嫌に冷たい手のひらが真上から降ってきた。
それは俺の額をなで、前髪をサラリと弄った。
「カジカ、グッドモーニング」
「ヤロ……」
なんというか、あまりに気配がなさすぎて気付かなかった。
俺の真横にいたらしいヤロは、呑気に挨拶をして俺を抱き起こす。
その時、腕を取られて気がついた。
ヤロの手に幾つもあるゴツい指輪は、内側にやや丸いだけの棘があって、思い切り握り込めば手首が折れそうな武器だということに。
ドク、と鼓動が早まる。
人殺しを躊躇しない、それをできる能力がある。
そしてなぜか俺に執着している、自称飼い犬。なんてこった、危険すぎるだろう。
つい警戒して、さり気なく距離を取った。
壁を背にして座り込むがヤロは特に何も言わず、その距離を埋めようと身を寄せては俺の肩を抱いた。逃がす気はない、と。
そう時間を取ってはいない一連のやり取りだが、声を荒げていた男は頭を真っ赤にしてわなわなと震える。
仕立てのいいスーツと、今は多少乱れているが後ろに撫で付けた髪。
大きな声と人を纏めようとする様子から神経質な政治家と言った風貌の男。
歳は三十半ばか四十手前だろう。
「君! やはり話せるんじゃないか!」
ビシッ、と彼が叫びざま指を指したのは、俺の隣で相変わらずなにを考えているのかわからない様子で佇む、ヤロだった。
俺に怒鳴っているのかと思ったが、無反応らしかったヤロに怒っていたのか。
最初のコメントを投稿しよう!