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宇崎くんは笑顔で俺を見て、それからじわじわと困った表情になり、それから気まずそうに目をそらした。
理由は言わなくてもわかる。
無言で俺を抱き寄せているヤロのせいだろう。
「あー……なるほど。理解した。俺は宇崎! 偏見がないから安心してくれよな」
「その理解は大間違いだから今すぐ訂正して欲しいな……河鹿だ、よろしく。こっちはヤロ」
「え!」
そんなに驚かなくても。
傍から見て親密に見えることにがっくりと肩を落とす。
せっかく正常成分を補給しているのに、俺まで変わり者扱いされたらたまったもんじゃないぞ。
「ヤロ、離れてくれないか? ゲイのカップルだと思われて、気を使われてしまう。ジャパニーズは繊細なんだぞ」
「……繊細、知ってるぜ。だけどカジカ、お前、俺の飼い主だ。犬と飼い主が一緒にいるのは、当然だ」
「いやいや、中身が犬でも見た目が人間だと、」
宇崎くんを筆頭に声が聞こえる範囲で聞き耳をたてている乗客達にお察しフェイスで納得されるのが嫌で、俺は軽くヤロの体を押しのけて小声で少し離れるように言ってみる。
するとヤロは抱いていた肩をより抱き寄せて、俺の言葉を遮り耳たぶをそっと齧った。
「飼い主じゃねぇの……? なら、もう」
「飼い主だ! 飼い主だからっ、いい子だヤロ。よーしよーしっ……!」
「くくく、ワン」
やめろ。
そのやっぱりな、って目をやめてくれ宇崎くん他乗客達。
俺は、俺は強いられてるんだ…!
この先どんな化物や難題がでてくるかわからない中で、イカレていても最強の暴力にへそを曲げられるわけには行かないのだ。
そんな事情をヤロの目の前で説明できるハズもなく、俺はヤロの頭を乱暴に撫でながら額に逆の手を当てて、深いため息を吐いた。……ガッデム。
「まあ、その、取り敢えず、君がチーム分けを考えたんだな。未成年なのにショックも押さえて冷静な判断を広めるのは、すごいと思う。俺はチーム分けに賛成だ」
「ありがとう、河鹿さん。でも河鹿さんの方がスゲエと思うぜ。……俺は思いついても、舞台まで行けなかった。友達を守って逃げるのに必死で、いや違うな、怖かっただけだわ。へへ」
「……ん……」
俺と目線を合わせるためにしゃがんで苦笑いをする宇崎くん。
怖いのは当たり前だ。
みんな怖かった、俺も怖かった。
本当ならすぐ次を考えるのは難しいし、自分で手いっぱいになり団結しようとは思えない。
彼の笑顔に隠された心情を思うと、胸が痛くなる。
そんな思いのまま、俺は手を伸ばして宇崎くんの焦げ茶色の髪を優しく撫でた。
抱き寄せると流石に俺の服の血で汚れそうだからな。
「うあ、」
「怖くていいだろ。だから、どうにか生きてここから出よう。あんな意味のわからない連中に遊びで殺されてたまるかってな?」
口元を緩ませて笑みを浮かべてみると、宇崎くんは照れくさそうに笑ってくれた。
視界の端で彼の友人だという女の子二人が羨ましそうに見てくるのがいたたまれないが、仕方ない。
「カジカ、カジカ? なあ、俺は?」
隣から頬に鼻先を擦り付けて訴えてくる犬だって、仕方がない。
今は構わないことにしておいた。
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