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壁に張り付いて動かなかったさっきまでと違い、逃げ惑う人々の間を抜けて行くのは骨が折れるし目立つ。
目立つと狙われるかもしれない。
だが俺の仮説では、どうにかなるはずだ。これは余興だから、そう仕組まれていた。
気付けば三十人を殺さずとも切り開ける様に、だ。
仮面は無作為に殺す人を決めているが、一人を殺して担げばそれを舞台上へ持って帰るまで自発的に殺さない。
隙を突いて勇気ある人間が襲いかかろうとすると素早いナイフ捌きで殺されてしまったが、機械じみた動きで淡々と死体を作っては一つずつ運ぶ。
つまり時間があるのだ。
あっと言う間に大勢殺される訳じゃない。
「っ、誰かッ、頼む誰か! ぶ、舞台、のッ! 舞台の上に来てくれッ! ライオンの口元へ……ッ! っうぐっ」
「舌噛むぜ」
──もう噛んだぞッ!
睨みつけても彼はなんのその。
そんなヤロに担がれながら、説明する時間がないので声の限りに舞台上へと叫ぶ。
ヤロは見事に逃げる人々を避け、まるで直線コースを走る様な速度で舞台へ駈ける。
俺を遠心力の要に使って回転したり、容赦なく人を足蹴にして空間を作り、兎に角俺を舞台まで運ぼうとしているのが伝わる動きだ。
「もしかしたら、舞台のカウンターを回せば余興は終わるかもしれないッ! ライオンの口元へ飛び込むんだッ! 俺達じゃ足りない、残りは十三人なんだ……ッ!」
「ハァ!? 誰か知らねぇケド馬鹿言ってんなよッ! こちとら逃げるだけで精一杯、その意味わかんねぇ三十人の中に入らない様に逃げる方が望みがあんだよッ!」
「ッでもそうしたら、必ず満員死ぬだろうがッ!」
余裕がなくゴチャついた音の中では、ほとんど誰も俺の声に耳を貸してくれなかった。
近くにいた人が声を返してくれても、それはとんでもないと突っぱねる言葉だ。
確かに俺の仮説は、可能性はあると言っても根拠のない実験その物。
だけど、でも、もしかしたら三十人も死なないかも知れない。
仮面の言葉。
〝大体三十位、そうでなくても構いません〟
〝兎に角三十、お腹いっぱいまで〟
お腹いっぱい。
食べ物なんてないこの場で、今何かを食べているのはなんだ? ソレが食べる度にカウンターが減るのは?
そして時間をかけて実践しているのに、態々殺して煙に巻こうとする仮面の意図は?
ライオンの口元へ投げ入れられた瀕死の死体が僅かに動いた時点で、死んでいる必要なんてない。
カウンターを見ていた。
カウンターは回っていた──生きているのに!
「あの中に俺達乗客が入れば、それで回ったんだ……! 殺した数じゃない、ライオンの口に入った数なんだ……っ!」
焦燥から叫ぶ声は掻き消え、やはり誰にも届かなかった。
そうじゃない可能性も考えたさ。
けれどしつこく余興と言うこと、時間を与えること、このゲームの主催者が考えさせようとしているのは明白だ。
俺達が死に怯えて三十人満員までただ逃げるのみで、一人ずつ丁寧に殺されるのを甘んじて受け入れる無様を、楽しんでいる向こう側の思考になってみたら……他の可能性はつまらないと思った。
死体を運ぶ仮面は、邪魔をしなければ殺されないのだ。
舞台から離れて行く大多数の人を追いかける彼らの隙を突いて、舞台へ行くのは十分可能。
ただ、人が足りない。
俺一人が気付いただけでは、良くて一人減らせるだけなのだ。
百人の様々な人間達が協力してこの余興を切り抜けられるか? 不可能だろう。
気付いている者が数人いたくらいじゃあ大多数の殺害は揺らがない。
ままならない遣る瀬無さを抱えてこうして声を張り上げる姿は滑稽そのものだ。
そこまで考えているなら、ゲームの主催者は相当底意地の悪いクソ野郎に違い無かった。
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