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「──ン。人、集めりゃ、いいのか?」
そんな俺のままならない心情を割ったのは、舞台目前まで数分かからず走り抜けたヤロだった。
男一人抱えて走っていたのに、ヤロは息一つ乱していない。
相変わらずなにを考えているのか分かりかねるのんびりとした表情で尋ね、返事をする前にぴょんと軽やかに跳ね上がり舞台の上へ上がる。
そして俺を目的地のライオンの口元へ、乱雑に投げ入れた。
「ッう、うわ、な、っ」
「お、回った、ぜ。カウンター。後八人、当たりかもな」
「っ! 後ろだヤロッ!」
一瞬だった。
死体の上へ落下したグニャリとした感触を振り払いすぐに顔を上げると、掴み所のない動きで近づいてくる影が見えたのだ。
カウンターが音を立てて減ったらしく、それを楽しむヤロ。
その背後に忍び寄る、一人の仮面。
獲物を、持っていない。
反射的に声を上げた。
到底間に合うようには思わなかったし、体格が良くともヤロは素手で、風体も特別屈強ではなく普通の人間に見える。
それでも声を上げずにはいられなかった。
だがヤロは床スレスレまで身を低くし、円を描くように右足を床に沿って回してから斜め上に上げ、刈り取るように仮面の膝を突いて体勢を崩す。
そして瞬き一つ分もかからず足首を横向きに倒させ、遠心力で上体を起こし立ち上がったヤロは仮面の足首を思い切り踏み潰した。
ギィリュッ。
声を上げた後一瞬で嫌な音がして、あらぬ方向を向く足。
更にヤロは跪いた仮面の手から同時に黒光りするナイフを捻り取り、一呼吸の間に躊躇なく仮面の頚椎へ──突き刺したのだ。
「ガーバーマークⅡ、ね。ミーハーなチョイスしてるぜ? シュサイシャ、ってのは。これを切るのに使うって事はこの仮面、多分……機械、とか? くくく」
言いざま突き刺したナイフを引き抜く。
傷口から十数センチの高さの血が噴き出し、仮面は声を上げずに絶命した。
声も出せないのは、俺も同じだった。
的確に即死する部分へ致命傷を与え、血を見てもなんとも思わないで笑ってみせる。
仮面の存在を認識してここまで三十秒程度。それこそ機械のように正確で揺るぎない。
ヤロは仮面の死体を雑に抱え、俺に向かって投げる。
「……、ぁ……」
「カジカ、カウンター減らねぇよ。誰でもじゃないのな、お前の言う通り、乗客じゃないと」
自分の上に落とされた重い体。
僅かに痙攣するのは大量の出血の衝撃であり、これが生きているわけではない。
むせ返るような血の匂いで、頭がおかしくなりそうだ。目眩がする、視界が揺れる。
「ふっ、……う、っ、おぇ……ッ」
口元を押さえて反射的に首を横にすると、横隔膜がヒクつき、口の中にすえた味が広がって指の間から胃液が滴った。
ここに来る前の俺はあまり食べていなかったのか、出てくるのがそれだけなのが救いだ。
気持ち悪い。
なんだ、なんなんだ。
こんなに至近距離で殺人が行われて死体に囲まれると、俺の反応はノーマルでしかない。
なのに殺した張本人がまるで朝起きたら欠伸が出た様にリラックスした状態なのは、アブノーマルなはず。
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