オトナな恋人

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「スーツ着てるのなんか、初めて見た。  ...格好いいね。」 笑って言ったはずなのに、ようやく絞り出したその声は、少し震えていたかも知れない。 彼は訝しげに眉を寄せ、それから困り顔で笑った。 「ありがと。  ...けどそんな顔して言われても、褒められてる気、せぇへんけどな。」 居酒屋で向かい合って座ったまま、真っ直ぐな、迷いのない視線が私を射抜き、捕らえて逃がしてくれない。 「ホンマ、何があったん?  ちゃんと俺には、全部言うてや。」 次にそう言った彼の瞳も声も、びっくりするくらい弱々しくて。 あぁ...不安なのは私だけじゃないのかも知れないと、素直に感じる事が出来た。 「...友達にね、言われたの。  環境の違いとかから、うまくいかなくなるカップルも、多いんだよって。  ...最近前ほど会えないし、センパイモテるから、なんか不安になっちゃって。」 自分の中の負の感情(モヤモヤ)を、全て吐き出した。 すると彼は小さく息を吐き出し、それからいつもと同じ、やんちゃな笑みを浮かべた。 「えーっ、何それっ!  そんなに俺、かっこええ?  モテそう?  やっぱり、滲み出てまうもんなんやなぁ...。」 ...アホだ、この人。 でもこのアホでお調子者な彼の事が、どうしようもなく好きだ。 そしてそんな彼の言動に、これまで悩んでいたのが一気に馬鹿馬鹿しくなり、私もようやく心から笑えた。 ...なのに次の瞬間彼は、これまで私に見せた事のない、大人っぽい表情で微笑んで、優しい声で言ったのだ。 「...大丈夫やで。  俺は心陽の事、大好きやから。  せやから、不安になんかならんでええよ。  他のヤツの言葉なんかに、惑わされんな。」 テーブルの向こうから大きな手が伸びてきて、私の頭をクシャクシャと撫でた。 「...なんか、ムカつくんだけど。」 つい泣きそうになり、鼻水をずずっと啜りあげながら答えた。 「...なんでやねん。  ムカつかんといてや。  俺、めっちゃええ事言うたのにーっ!」 唇を尖らせるその顔は、やっぱりいつものセンパイで。 あぁ、よかった。 私たちはきっと、大丈夫。 そう思えた。 たぶん私の知らない、大人な顔をしたセンパイも居るのだとは思うけれど、私にはまだ刺激が強すぎる。 ...でもいつかちゃんと、この人に似合う女性になれたらいいな。 そんな風に考えていたら、彼は少し不機嫌そうに口元を歪め、聞いた。 「...で。  心陽に環境の違いはなんたらかんたらって、余計な事言うたんは誰?」 ひんやり。 私たちの周りを包むの空気の温度が、一気に下がった気がした。 「...へ?」 なんでそんな事を、聞かれたのか。 その意味がわからず、少し返事が遅れた。 「...同じサークルの、君下か?」 答えるより先に、彼が正解を口にした。 「えっと...、何でわかったの?」 驚き、質問に質問を重ねる。 すると彼はますます不機嫌そうな感じで唇を歪め、忌々しげにいった。 「気ぃ付けて。  ...アイツお前の事、前からずっと狙っとるから。」 「ぷっ...、何言ってんのっ!?  そんな事、あるわけないしっ!  君下くんは、ただの友達だよ?  そもそもの話、私の事なんか女の子として見てないと思...う...し...。」 後半音声がフェードアウトしていったのは、優しく微笑む彼の顔があまりにも綺麗で、なのに同時に得体の知れない真っ黒なオーラみたいなのを発しているような気がして恐ろしかったからだ。 「危なっかしいやっちゃなぁ...。  ホンマ、気ぃ付けてや?  冗談とちゃうからな、これはマジなヤツやで。  ...あと今度から、アイツと二人っきりになるん、絶対禁止。」 「...はい。」 関東でようやく梅雨明けが発表された、7月の最終週。 無邪気でやんちゃな笑顔が魅力の、流暢な関西弁を操る私の年上の恋人は、大人っぽくて、かっこよくて、色っぽくて。 ...そしてどうやら独占欲が半端なく強いらしいと、私は知った。            【おしまい】
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