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オトナな恋人
ひとつ年上の恋人は今年の春、私より一足先に社会人になった。
それからおよそ、4ヶ月の歳月が過ぎた。
浦安在住のネズミの絵が描かれたキャラクターTシャツなんてモノを着て、少しオーバーサイズ気味なデニムを履いている私と、パリッとした、グレーのスーツ姿の彼。
見慣れないその服装にちょっとだけときめいた、なんて事を口にしたら間違いなく調子に乗るから、絶対に言ってはあげないけれど。
毎週末この人と逢っているはずなのに、初めて見る仕事帰りのセンパイはどこか大人びていて。
自分だけが子供のまま、その場に取り残されてしまっているみたいで、少しだけ寂しい。
今年は台風の影響で、梅雨明けが例年よりも遅れているらしい。
その為お互い傘をさしているから、いつもより二人の距離は少し遠くて。
...まるで今の私たちの状況を表しているみたいだ。
一年と、少し前。
告白してくれたのは、彼の方だった。
だけど私もずっとこの人の事が好きだったから、とても嬉しくて。
二つ返事で、受け入れた。
端正でどこか女性的な顔立ちからは想像がつかないくらい無邪気な、子供みたいな笑顔も、全く似合わない流暢な関西弁も、実はとってもビビりでホラーが苦手な格好悪いところも、全部好き。
なのに環境の違いから距離が生じ、別れてしまうカップルも多いらしいよ、なんていう話を友達から聞かされたばかりだからか、不安な気持ちに押し潰されそうになる。
彼が入社したての頃、前髪を切るように言われないのかと聞いたところ、SEやからそこまで厳しく言われへんよって答えて、私の大好きな、いたずらっ子みたいな顔で笑ってくれた。
その時に、この人はもしかしたらずっと変わらないでいてくれるかも知れない。
そんな風に、思えたのに。
今日の彼は何だか別人みたいに見えて、苦しくなる。
そんなに格好良く、ならなくていいよ。
いつもみたいにふざけてて、ちょっとだらしなくて、情けないくらいのセンパイのままがいいよ。
「どないしたん?心陽。
今日なんか、ちょっと変やない?」
ネクタイを緩めながら心配そうに私の顔を覗きこむ仕草も、何だか妙に色っぽくて。
...一瞬、ドキッとした。
今日は見た目が少し違うというだけで、中身はいつも通りの、私の大好きなセンパイだ。
大丈夫。
そんなの、わかってる。
...わかってる、のに。
やっぱり、落ち着かない。
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