超・妄想コンテスト お題『人ごみ』

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超・妄想コンテスト お題『人ごみ』

 街中を行き交う人々の足音。1メートル先の地面も見せぬ雑踏。誰ともなく発するざわめきが、遠い潮騒のように去来する。  聖域の如く、或いはそこに柱でも在るかの如く、人混みの中で丸くくり抜かれたスペースの真ん中に、少年は立っていた。  彼は自分の頬を、泪がゆっくりと伝ってゆく感触を覚えつつも、それを拭おうとは思わなかった。  嬉しいのである。  そこが果たして何処であるのか、一人として顔知らぬ彼らが何者であるのか、そんなことはどうでも良かった。  ただ自分以外に人間がいる――それが何よりも嬉しかった。 「着いたよ……『キミ』。『ボク』はようやく辿り着いた。ここが――これがずっと、ボクらの探していた世界だ……」  少年の言葉は人混みと喧騒に飲み込まれ、膝を突いて泣き崩れる彼に、声を掛ける者もいない。  それでも止めどなく流れる泪と、その歓喜の嗚咽は、通り過ぎる何人かの足を止めた。  * 「――起きて『ボク』」  軽く肩を揺すられて、少年は目を醒ます。その頬には、微かに湿った感触が残っていた。  荒れ果てたコンクリートの部屋の片隅。 「おはよう『キミ』」 「夢を見ていたの?」  指先でそっと顔をなぞる少年に、アンドロイドの少女は穏やかな声でそう尋ねた。 「……うん。そうみたいだ」 「悲しい夢?」 「憶えてない。でも多分……叶わない夢だ」 「そう」と素っ気なく返した少女は、汚れて擦り切れたカバンを少年に投げ渡す。 「――もうすぐ酸の雨が降るわ。もっと安全な場所を探しましょ」 「うん……」  少年は痩せ細った身体に、なけなしの力を込めて、よろよろと立ち上がる。そしてカバンを背負うと、杖代わりの鉄パイプと少女の手を頼りに表へと出た。  *  不気味な低音を響かせる雲と、見渡す限り灰色の瓦礫の山。昼も夜も無い、見慣れたモノクロームの景色が、小さな二人を出迎える。  たった一人の人間と、たった一体のアンドロイドを遺して、全てが滅び去った世界――『ボク』と『キミ』しか存在しない世界。  少年は、時折遠くで光る稲妻を見つめて、ぽつりと呟いた。 「残りは……あとどれくらい?」  すると少女が間髪入れずに告げる。 「1896時間と42分」 「……短いね。最後までには見つかるかな?」と少年(ボク)が尋ねると、 「見つからなくても、それが最期よ」と少女(キミ)は答えた。 (『最後のボクと最初のキミ』・終)
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