午後七時

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 問題は、どうやって家を出るかだ。玄関の重たい扉は、鍵を外すのも扉を開閉するのもかなり大きな物音がする。しかもそちらは表通りに面していて、深夜でもさすがに多少は人通りがあるだろう。誰にも見咎められずに出入りするのは難しい。一方、台所の脇の勝手口は夜は施錠され、鍵がないと内側からも開かない仕組みになっている。その鍵は両親の寝室に保管されている。 「窓から裏庭に出れば問題ないだろ」 「食堂の窓は細長すぎて、どんなに腹ぺこでも通り抜けられないよ」  だがカザトは「違うって」と笑う。 「二階のミクリの部屋から直接出ればいい。例のあのニレの木を伝って下りればわけないさ」 「窓からはちょっと距離があるから、さすがに飛び移るのは無理だと思う」 「そこは俺に任せとけ。じゃあ、月が沈む直前に家まで迎えに行くからな。忘れずに蛍燈を用意しておけよ」  カザトは自信たっぷりにそう言って親指を立てて見せた。  家に帰って風呂に入って歯を磨き、寝間着に着替える。両親におやすみなさいの挨拶をして、外国の探偵小説を手にベッドに潜り込む。だがそんなものを読まなくても今夜の脱出のことを考えだけでドキドキしてしまって、部屋の灯りを消してからもミクリは目が冴える一方だった。  今夜は父の大学教員仲間の夫妻が来ているらしく、階下は遅くまで賑やかだった。西に向いたミクリの部屋の窓からは春の真珠星がとうに姿を消し、明るい半月も大きく傾いて庭木の枝に光を遮られる頃、ようやく「おやすみなさい」の挨拶が交わされるのが聞こえてきた。
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