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エピローグ
ノボセルライブは、大成功を収めた。
動員数およそ、2500人。
目標を大幅に超えた大きな要因は、爽やかに晴れた天気と、やはり向井風馬×香港マカオのコラボステージの影響が大きい。
夕方から徐々に増え始めた女性客の中には、どこで聞きつけたのか、大阪からやってきた大学生もいた。きっとSNSでじわじわと噂が流れたんじゃないかと思う。
「それってつまり、森永さんのおかげだべさ」
ラーメンの湯気に顔をてからせながら、田口さんが口を尖らせて主張する。ここは、蓮くん、真夜くんのお店、『麺どころ 北天』。ライブの日に忙しくて食べられなかったラーメンを仕事終わりに食べに来たのだ。
「いや、それは向井風馬くんの実力ですって」
褒められるのはまんざらでもないけど、私の力というわけではない。
「で、ライブイベントを通じて、出会いはあったのかい?」
田口さんのあからさまな詮索に、ぶはっとラーメンを吐きだしてしまう。
「いや、出会いと言う出会いは」
雅紀がのっぴきならないことを言ってはいたけど、あれきり特に変わったこともない。一体なんだったんだろう、と思うくらい、まったく同じ距離感で生活している。
「水川くんと住んでてもなんもねーんだべ? 男女でひとつの屋根の下でくっつかなかったわーって、役場で俺の立場がないわ」
「? それってどういうことですか」
「町役場は町民の幸せを守るれっきとした公務員。まさか本当に手違いで男女になるわけないしょ」
田口さんはラーメンにぱぱっと胡椒を振り入れる。
「まさか」
「戦略、戦略。一組でも二組でもカップルを成立させる。それが恋幌町役場の使命です」
「まじっすか」
なんて恐ろしい。ラーメンを掴んだ箸を取り落としそうになった。
蓮くんと真夜くんは聞かないふりをしつつも笑っている。
「じゃあ、雅紀と私がくっついたら、それって田口さんの戦略にはまった、ということになるんですね」
「でも、なんもないんだべ?」
あっても絶対に言わないぞ、と心に決める。
ラーメンを食べ終えて表に出ると、リーリーと虫の鳴き声があちこちから聞こえる。コオロギや、キリギリスたちのオーケストラだ。
もうすぐ恋幌の短い夏が終わりを告げる。
ツバメ号にまたがって、卵ハウスを目指す。ラーメンで膨れた胃が重いけど、ペダルを漕ぐ速度が次第にあがっていく。
だれかの戦略なんて関係ない。
雅紀の「おかえり」を聞くために、私は星空の下を夜風を切って、進んでいく。
<了>
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