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松山さんとは家の近くの駅で待ち合わせをすることになった。
私はどういう顔をしていいかわからず、そんなに寒くもないの顔を少しでも隠すためマフラーを首に巻いた。
「宮園さん!」
元気な声が聞こえて、窓から松山さんが顔を出した。
「こっち、こっち乗って!」
私は呼ばれるまま助手席のドアを開け、乗った。そして車は走りだした。
窓から新鮮な風が入ってきて気持ちよかった。
「宮園さん、風邪引いているの?寒い?窓閉めようか?」
私のマフラーを見て松山さんが心配そうにそう聞いてきた。
「大丈夫です。」
私はマフラーで覆っていた口を出すとそう答えた。
心臓がどきどきしていた。
久々にみた松山さんはなんだか違う人のようだった。
「会社辞めたんだって?ノリちゃんから聞いたよ」
「うん。情けないけど」
私はそう言って窓に視線を向けた。何もない私、仕事もせず家でごろごろしてる。こうやって松山さんとご飯食べる資格なんてないのに。
「つらかっただろ?俺だったら、カナエと武田が辞めた後、すぐ辞めただろうな。でも君は辞めなかった。すごいよな」
松山さんは私に笑顔を向けた。涙が出そうになった。そんな風に言ってくれる人は誰もいなかった。私は涙が出ないように深呼吸をした。
「松山さんは最近どうですか?マユミさんと付き合い始めたんですか?」
私の問いに松山さんは皮肉気に笑った。
「断った。そういう気分になれなくて。俺は多分もう誰も好きにならないだろうな」
松山さんは視線を前に向けてそう言った。
誰も好きにならない
その言葉はなぜか胸に刺さった。
私もそのはずのつもりだった。
武田くん以上に好きになる人ができるはずがなかった。
でも今は胸がドキドキしてる。
松山さんの顔が眩しかった。
だめだ。
私はまた自分から傷つこうとしている。
これ以上彼に近づいたらいけない。
「松山さん!車止めてください」
気が付いたら私はそう言っていた。
「どうしたの?」
松山さんは車を路上の隅に止めて、訝しげに私を見た。
私は自分の感情が悟られるのが嫌で視線を下に向けた。
「降ろしてください。やっぱり今日だめです」
「宮園さん、急にどうしたの?俺なんかまずいこと言った?大丈夫?」
松山さんの優しい声が頭に響く。
だめだ。このままじゃ。
「ちょっと気分が悪くなったんです。ごめんなさい。本当に」
私は俯いたままそう答えた。
「家まで送ろうか?」
「いいえ、歩いて帰れます」
そう言ってドアを開けようとする手を松山さんが止めた。
「家まで送る。この間みたいなことがあると俺が嫌だから」
松山さんはすこし怒ったようにそう言った。
「…じゃ、お願いします」
私は小さい声でそう答えた。
怒らしちゃったよね……
私は、表情を硬くして運転をする松山さんの顔をそっと見た。
突然そう言った私が悪いのは分かっていた。
でもこれ以上一緒にいたくなかった。
気持ちに歯止めが効かなくなるのが目に見えていた。
どうしようもない私。
武田くんがあんなに好きだったはずなのに。
今は松山さんがこんなに気になる…
知られたくないこんな気持ち…
私達は単なる同じ失恋の痛みを持つもの同士。
そんな関係になるはずがなかった。
「ここでいいです。もうすぐそこなので」
私がそう言って車を降りようとすると、松山さんが私の腕を掴んだ。
松山さんの瞳が私を見つめてるのがわかった。
息が止まるかと思った。
「…じゃ、元気で。今日は俺もごめん」
松山さんは視線を私から逸らすと腕を離した。掴まれた腕が熱かった。
「私こそ本当にごめんなさい。それじゃあ」
私はドアを閉めると家に向かって歩き出した。
振り返らなかった。
もう会うつもりはなかった。
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