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同じ傷
「えっと何が食べたい?」
松山さんは車の助手席に私を乗せた後、そう聞いた。
冷房が効いてない中、車の中は少し息苦しかった。
「あ、ごめん。まだエアコン入れたばかりだから、すこし窓開けるね」
松山さんがそう言うと窓が開き、新鮮な空気が入ってきた。窓の外から見える空は、夕暮れが終わりをつげ、薄暗くなっていた。
「さあ、どこに行こうか。俺より東京に住んでる宮園さんの方が詳しいよね。ナビがあるからどこでも行けるよ。どこの店がいい?」
松山さんはそう言いながら、ギアを操作した。エンジンをかけると自動的に動くようになっていたのか、後ろのスピーカーから少し懐かしい曲が聞こえていた。
「あ、スピッツだ。松山さんも好きなの?」
私はかかっている曲が自分の好きな曲だったので、嬉しくなってそう聞いた。松山さんは少し困った顔をした後、口を開いた。
「カナエが好きだった曲だ……」
カナエ…上杉さんか…
松山さんはそれっきり黙ってしまい、車を動かした。そして窓を閉め冷房が効いてくるのがわかった。
優しい音楽が車内に流れていた。
でも私達は黙っていた。
薄暗い車の中、外のネオンの光が入ってくる。
一度しか会ったことがない男の人と二人っきり。
でも少しも恐怖心を抱かなかった。
それは多分、お互いに同じ傷をもっているからだ、
私はそう思った。
しばらく走って松山さんは車を止めた。そして私を見た。
辛そうな顔だった。
「ごめん。やっぱりご飯はやめよう。家まで送るよ」
「うん。私こそ思い出させてごめん」
多分彼は私に会うまでは思い出さないようにしていたんだろう。
でも私と会って上杉さんへ気持ちを思い出した。
彼もまだ引きずってる。
私と同じ……。
「ここでいい。ありがとう」
私は家の近くの駅で車を止めてもらった。
家の近くまで送ってもらって親に妙な詮索をされるのが嫌だった。
「じゃ。ありがとう。元気で」
私がそう言うと松山さんは少し笑った。
「宮園さんも元気で」
私は松山さんの車が視界から消えるまで見ていた。
私と同じ心に傷を持った人。
私達が癒されることはあるのだろうか?
電話番号でも聞いておけばよかったかな。
私はなぜかそう思った。
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