見上げる空

2/2
前へ
/16ページ
次へ
 居酒屋につくとすでに10人くらいの男女が座っていた。  なんだか私は雰囲気にのまれてしまった。  あー来なきゃよかった。  私はなんだか暗い気持ちでその場に座っていた。  松山さんがコップを手に持って座っている横で、マユミさんが楽しそうに話をしていた。 「あれぇ~?あんた、武田の元彼女じゃん!」  ふいに酔っぱらった男の人の声が聞こえた。すると一斉に視線が私に注がれる。 「かわいい顔なのに。武田の奴。本当に可哀想なことするよな」  男の人はその手を私の肩に置きながらそう言った。かなり酔ってる感じだった。  鳥肌が立つのを感じだ。  そして周りの人の好奇な視線が嫌だった。 「金井!俺もカナエに振られた可哀想な男だ。文句あるか?」  そうテーブルの奥から声がした。視線が私から松山さんに向けられる。そして金井と呼ばれた男の人が手を私の肩から離した。 「まったく、くだらないぜ。人の傷口えぐるのがそんなに楽しいかよ。久々にみんなと会えると思って参加したけど、参加しなきゃよかった。マユミ、俺は帰るからな。宮園さん。送っていくよ」  松山さんはそう言うと座敷から立ち上がり、私の方へ歩いてきた。そして茫然としてる私の腕を掴んだ。 「さあ、行こう」  私は松山さんに言われるまま立ち上がって部屋を出た。松山さんは無言だった。でも掴まれた腕から優しさが伝わってくるようだった。 「シートベルト締めて」  松山さんは助手席に私を乗せると車を出した。 「宮園さん、ごめん」  車を少し走らせてから松山さんはそう言った。 「俺の学校の奴ら、飲むと見境つかなくなるんだよ。嫌な思いさせたな」  松山さんは前を向いたまま言葉を続けた。 「俺達の気持ちは誰にもわからないよな。軽々しく可哀想だなんて」  それは松山さん自身のために言ってるように聞こえた。  私は何って言っていいかわからなかった。  ただ私に言われた言葉で松山さんも傷ついているのがわかった。  同じ傷を抱える私達。  私達の痛みは私達にしかわからないんだろう。 「今日は家まで送っていくから。この間みたいなことがあると悪いし」  松山さんはそう言った。  私はなんだかこのまま帰りたくなかった。  もっと松山さんと話がしたかった。 「松山さん」  気がつくとそう名前を呼んでいた。 「何?」  松山さんはハンドルを握りながらそう答える。 「もう少し、もう少し、一緒にいてもらってもいいですか?」 「…いいけど。どこ行きたい?」 「駅前の桜並木…。多分この時間だと誰もいないから」  私の予想通り、そこには誰もいなかった。  私達はコンビニでビールを買うとベンチに腰を降ろした。  なんだか胸がドキドキした。  隣にいる松山さんが眩しく感じられた。 「はい、どうぞ」  松山さんはそう言って缶コーヒーを渡した。私達は空を見上げた。都会の光のせいで星が見えなかった。ぼんやりと薄暗い空が広がっていた。 「宮園さん、やっぱり日本の空は遠いと思わないか」  缶をあおりながら松山さんはそう言った。  言われてみれば、あのシンガポールで見た空はもっと近かったような気がした。 「なんだかカナエ達のようだな。日本の遠い空はカナエ達のようだ。結局思いは届かなかった」  松山さんは笑った。でも悲しげな微笑みだった。 「毎日。どうにか生きてる。忘れたいけど、忘れられない」  松山さんはそう言葉を紡いだ。  一緒だ。  そう、忘れられない。  あの柔らかな髪の感触、私に触れた唇。  穏やかな優しい瞳…  今だに鮮明に思い出せる。 「やっぱり俺達は可哀想なのかな…」  松山さんの自虐的なつぶやきに私は何も答えられなかった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

119人が本棚に入れています
本棚に追加