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居酒屋につくとすでに10人くらいの男女が座っていた。
なんだか私は雰囲気にのまれてしまった。
あー来なきゃよかった。
私はなんだか暗い気持ちでその場に座っていた。
松山さんがコップを手に持って座っている横で、マユミさんが楽しそうに話をしていた。
「あれぇ~?あんた、武田の元彼女じゃん!」
ふいに酔っぱらった男の人の声が聞こえた。すると一斉に視線が私に注がれる。
「かわいい顔なのに。武田の奴。本当に可哀想なことするよな」
男の人はその手を私の肩に置きながらそう言った。かなり酔ってる感じだった。
鳥肌が立つのを感じだ。
そして周りの人の好奇な視線が嫌だった。
「金井!俺もカナエに振られた可哀想な男だ。文句あるか?」
そうテーブルの奥から声がした。視線が私から松山さんに向けられる。そして金井と呼ばれた男の人が手を私の肩から離した。
「まったく、くだらないぜ。人の傷口えぐるのがそんなに楽しいかよ。久々にみんなと会えると思って参加したけど、参加しなきゃよかった。マユミ、俺は帰るからな。宮園さん。送っていくよ」
松山さんはそう言うと座敷から立ち上がり、私の方へ歩いてきた。そして茫然としてる私の腕を掴んだ。
「さあ、行こう」
私は松山さんに言われるまま立ち上がって部屋を出た。松山さんは無言だった。でも掴まれた腕から優しさが伝わってくるようだった。
「シートベルト締めて」
松山さんは助手席に私を乗せると車を出した。
「宮園さん、ごめん」
車を少し走らせてから松山さんはそう言った。
「俺の学校の奴ら、飲むと見境つかなくなるんだよ。嫌な思いさせたな」
松山さんは前を向いたまま言葉を続けた。
「俺達の気持ちは誰にもわからないよな。軽々しく可哀想だなんて」
それは松山さん自身のために言ってるように聞こえた。
私は何って言っていいかわからなかった。
ただ私に言われた言葉で松山さんも傷ついているのがわかった。
同じ傷を抱える私達。
私達の痛みは私達にしかわからないんだろう。
「今日は家まで送っていくから。この間みたいなことがあると悪いし」
松山さんはそう言った。
私はなんだかこのまま帰りたくなかった。
もっと松山さんと話がしたかった。
「松山さん」
気がつくとそう名前を呼んでいた。
「何?」
松山さんはハンドルを握りながらそう答える。
「もう少し、もう少し、一緒にいてもらってもいいですか?」
「…いいけど。どこ行きたい?」
「駅前の桜並木…。多分この時間だと誰もいないから」
私の予想通り、そこには誰もいなかった。
私達はコンビニでビールを買うとベンチに腰を降ろした。
なんだか胸がドキドキした。
隣にいる松山さんが眩しく感じられた。
「はい、どうぞ」
松山さんはそう言って缶コーヒーを渡した。私達は空を見上げた。都会の光のせいで星が見えなかった。ぼんやりと薄暗い空が広がっていた。
「宮園さん、やっぱり日本の空は遠いと思わないか」
缶をあおりながら松山さんはそう言った。
言われてみれば、あのシンガポールで見た空はもっと近かったような気がした。
「なんだかカナエ達のようだな。日本の遠い空はカナエ達のようだ。結局思いは届かなかった」
松山さんは笑った。でも悲しげな微笑みだった。
「毎日。どうにか生きてる。忘れたいけど、忘れられない」
松山さんはそう言葉を紡いだ。
一緒だ。
そう、忘れられない。
あの柔らかな髪の感触、私に触れた唇。
穏やかな優しい瞳…
今だに鮮明に思い出せる。
「やっぱり俺達は可哀想なのかな…」
松山さんの自虐的なつぶやきに私は何も答えられなかった。
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