忠告

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「ユキコ、ユキコ!」  会社に来ると突然ノリちゃんにトイレに引きずりこまれた。 「あんた、あのシンスケくんとどういう関係?!あの後マユミすんごい機嫌悪くなって大変だったのよ」  ノリちゃんはそう言いながら全然大変そうでない感じだった。むしろ面白がってるように見えた。 「別に……。ほら、シンガポールに行ったでしょ。その時に飛行機が一緒だったからちょっと話しただけよ」 「本当?なんかいい感じだわよ。なんかシンスケさんに守られてるって感じに見えちゃったけど…」  ノリちゃんはなんだか妙にテンションが高かった。私はため息をついた。  そういう雰囲気ではないのは私が一番よく知っていた。  私達はただ同じ傷を持つだけ。  それだけの関係。 「私戻るね。やらないといけない仕事がたまってるし」 「え~!待ってよ」  まったく学生じゃないんだから。  ノリちゃんの浮かれた様子にあきれながら私はトイレを後にした。 「宮園さん、電話です」  総務の香山メイコさんの落ちついた声が聞こえ、しばらくして甲高い声が聞こえた。 「宮園さんですか?」 「はい」 「私は昨日の飲み会で会った紀伊マユミ。覚えてる?」 「はい…」  なんだろう。嫌な気持ちがした。 「今日お昼ちょっといい?」  断ることもできなくて結局マユミさんに言われるまま、お昼を一緒にとることになった。  いつも一緒にお昼をしてるノリちゃんに話すと心配された。  やっぱり松山さんのことかなあ。  なんでもないのに。  憂鬱な気持ちで指定されたカフェで待ってるとマユミさんがやってきた。  昨日の夜とは異なり、地味な制服を着ていた。  そうか、銀行って言ってたっけ? 「ごめん。おまたせ」  マユミさんはそう言って向かいの席に座った。 「何食べる?もう頼んだ?」 「まだですけど」 「じゃあ、一緒に頼みましょ」  マユミさんは店員にメニューを持ってくるように指示をすると私に顔を向けた。  夜とはまったく印象が違った。  意志が強そうな感じは一緒だったけど、とげとげした雰囲気がなかった。 「えっと要件から言うわね。あなた、シンスケのこと好きなの?」  私は予想外のことを聞かれ言葉を詰まらせた。 「昨日の夜、どこに行ったの?」 「私達はそんな関係じゃありません!」  私はマユミさんにそんな風に思われるのが嫌で大声を出した。  一瞬お客さんが私達の方を見る。 「すみません。大きな声出して。松山さんと私は単なる知り合いなんです。私の元彼氏の武田くんが彼の元彼女の上杉さんと色々あって…」 「知ってるわ。私も同じ高校だったもの」  マユミさんはそう言って視線をメニューに落した。 「私はクリームパスタにするわ。あなたは?」  私は慌ててメニューを見た。  考えてなかった。  私はこういう咄嗟に注文するのが苦手だ。  面倒だから一緒のものにしてしまおう。 「私もクリームパスタにします」 「じゃ、決まりね」  マユミさんは店員を呼ぶと注文をしてメニューを返した。  私と違っててきぱきした人だなあ。  こういう人が松山さんは好みなのだろうか。  上杉さんもそんな感じだったし。 「上杉カナエと武田タカオね…」 「え?」  私は思わずマユミさんを凝視した。 「あの二人、なんだか不思議だったわ。実は誰にも言わなかったんだけど、あの二人が高校生のころホテルから出て来たのを見たことがあったの。学校とは全然違う雰囲気でびっくりしたわ。上杉カナエのほうはいつも一匹オオカミだったし、武田タカオはいつもみんなに好かれる優等生って感じだった。でもあの時の二人はなんだか不思議だった。上杉カナエが武田タカオを守ってるって感じだったかなあ。学校ではまったく話してる様子なかったから本当びっくりした。でも誰にも言えない感じだったのよね」  マユミさんは遠い目をしながらそう話した。  あの二人が高校生のころ…  やっぱり付き合っていたのね。 「それで東京に仕事に出てきて、シンスケが上杉カナエと付き合ってるってわかって本当びっくりしちゃったわよ。私は止めたんだけどね。だって、あの時の二人の間には誰も入れない感じだったし」  そう言ってマユミさんは苦笑した。 「そういうシンスケを好きになった私も馬鹿だけど。あなたも武田タカオを好きだったんでしょ。今も引きずってるんでしょ?」  マユミさんの問いに私はうなずいた。 「昨日は悪かったわ。シンスケが怒るもの無理ないわね。でも傷を舐めあうだけのためにシンスケと会うのはやめてよね。上杉カナエを忘れてないはずだから、ありえないと思うけど、あなたを好きになって彼がまた傷つくのは見たくないのよ。」  ありえない話だった。  松山さんが私を好きになるなんて。  そして私が松山さんを好きになるなんて…。 「クリームパスタです」  店員が温かいパスタを運んできた。 「さあ、食べましょ」  マユミさんはそう言うと食べ始めた。  私はマユミさんの言葉が離れなかった。
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