知られたくない想い

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知られたくない想い

「ユキコ、会社を辞めてくれないか」  家に帰ると父が渋い顔をしてそう言った。  いつか言われると思っていた言葉だった。 「しばらく、家でゆっくり休むといい。お前もこの数カ月大変だっただろう?」  父の言葉に私は何も返せなかった。  本当のことを言うと、父の言葉にほっとした。  あの好奇な視線、同情を帯びた眼差しで見られなくなると思うとほっとした。  1ヶ月後、私は仕事を辞めた。  もうあの駅前の桜並木に行くこともなかった。 「ユキコちゃん、今日の夜は1人で食べてね。私は外で御約束があるから。」  そう言って母は家を出た。買ったばかりの洋服を着ていた。  そうか、今日は同窓会って言ってったけ。  私はベッドでごろんと横になりながらそんなことを思い出した。  仕事を辞めて1カ月が経とうとしていた。  窓から見える木々は緑色から茶色に変わっていた。そして冷たい風が吹き始めていた。  今晩はノリちゃんとご飯でも食べようかな。  そう思って私はノリちゃんにメールを送った。  でも返ってきた返事は「今日はデート。ごめんね」だった。  ふと携帯電話の連絡先を見ていると『松山さん』という表示を見つけた。  3カ月前に桜並木で一緒に飲んだ時になんとなく電話番号を交換したことを思い出した。  私はなぜだか急に声が聞きたくなった。  そして電話をした。  呼び出し音が聞こえた。  胸がどきどきするのがわかった。 「はい?松山です」  落ちついた声が聞こえた。私は電話を切りたい衝動に駆られた。  電話した自分が恥ずかしかった。 「宮園さんだよね?元気だった?」  その言葉を聞くと涙が出そうになった。私はそんな気持ちを悟られないように必死に声を出した。 「ごめんなさい。電話して。間違って押しちゃったみたいで」  嘘だった。こんな気持ち悟られたくなかった。 「そう?ああ。今東京来てるんだ。暇だったらご飯でも食べない?」  電話先で松山さんは笑いながらそう聞いた。 「…うん」  私は顔を真っ赤にしながらそう答えた。
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