君と空を見てみたい

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 今日も今日とて都会には多くの人がいる。特に電車が到着した後はすごくて蛇口を勢いよく捻ったかのように人が駅から溢れ出す。その人ごみに潰されないように、足並みを速めて、揃えて流れに乗る。時間によって人が多いとか少ないとかはあるけれど毎日毎日良く飽きないものだと思う。飽きてもやめられないだけか。  そんな中、毎日をただただ過ごすのが怖くて、俺は変化を求めた。大きな変化じゃなくて良い。毎日を少しずつ変えるような。仕事は毎日違うだろうって?怒られることは毎日違うかって?考えたくもないことは放っておいてくれ。仕事場に入ってしまえば屋内だから、空模様を知ることは出来ない。窓に近づく時間すらないなら雨が降ってても気付かないほどだ。だから、行きと帰りに俺は空を見上げる。毎日変わる空。曇ってるのか晴れているのか戸惑うほどに白っぽい青空があった。薄めないと飲めそうも無いような深い蒼の空があった。雲が長く伸びている空もあって、雲で空が覆われている時もあった。空を見上げながらも人ごみに潰されないように歩く。歩く。  私は飲食店の従業員だ。シフトは時間は固定だけど長時間で全然楽じゃなかった。セルフサービスがある店だったから主な業務はカウンターに立っていることだった。朝早く、人ごみが少ない時間に出勤して、夜の人ごみが結構多い時間に帰る。カウンターから見る景色は人がごった返した大通り。朝から夜にかけて店の前を通り過ぎる人たちをなんとはなしに見ながら仕事をしていた。そんな中である日私は気付く。上を向いて歩いている男の人が店の前を通る。仕事中は外に出れないから彼が何を見ているのか確かめることは出来ない。けれど彼はいつも上を向いているから、きっといつもそこにあるものなんだろうと気が付いた。彼が駅の方から歩いてくる時は足早に、駅に向かう時はゆっくりと歩いていくのに気が付いた。帰りはゆっくり歩いているのだろう。どうやら毎日同じ時間じゃなくて違う時間に出勤したりしているようだ。シフト制の仕事なのかと考える。  仕事帰りに彼の真似をして上を見上げる。見えるのは繁華街のネオンと黒い空だけだ。何にもないじゃないか。それとも私には理解できないものなのか。そう考えればなんだか面白くなくて一人で頬を膨らませた。けれど夏も近づいて日が伸びてようやく私は気が付いた。彼はきっと空を見ていたのだ。夜になって、以前は黒いだけだと思っていた空に青みが残っているのを見てそう思った。人ごみに流されながらも、空を見上げていられる。たわいもないことだけど、それは結構難しいような気がした。だって足元を見て歩いた方が早く歩ける。  それからも店の前を通る彼を見かけた。いつも空を見上げて、たまに感心したように表情を変える。仕事中な私には同じ空が見上げられない。それがとても惜しいくらいには良い表情だった。彼が上を向いているからだろうか。他に理由があるからだろうか。私は人ごみの中でもすぐにあの人を見つけられるようになっていた。あの人といつか、偶然でもいいから、同じ空を見られたら、それはきっと素敵だろうな。いつかそんな偶然があったら勇気を振り絞ってみようか。声が震えていても話しかけてみようか。そんなことを考えていた。  ある日の夜。空にまだ夕焼けの赤みが少しだけ残っているそんな時間、空を見上げる男がいた。日が長くなっている、夏至はいつだったか、なんて考えながら歩いていると後ろから声をかけられた。声は少しだけ震えていた。 「あ、あの……!空、綺麗ですよね!?」
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