闇の一室

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闇の一室

 思想的対立からの暴動が絶えない町。その町がここ数週間、ボーガンによる連続殺人に静まっていた。犯人は誰なのか。人々は互いのグループを疑いあい、そのため、町全体が猜疑心という黒い煙に覆われているようだった。    そんな、ある新月の晩、町の一角にあるホテルの一室で、ベッドに腰掛けた男がつぶやいた。 「消しても消しても、気にいらねえ奴があとを断たねえ。俺はなんだか、自分がバカみてえに思えてきた。本当の俺は、もっと賢けぇんだ。他の道を探そう」  そして、持っていたボーガンを、まるで医者が匙を投げるがごとくに、床に放った。男はそのまま黙り込んだ。  サイドテーブルの上には、前の宿泊者の忘れ物なのか、優しいイラストの絵本がのっていた。男は昨夜遅くにこの部屋にやってきて、明かりも点けずにベッドに横になったため、絵本には気づいていない。  その絵本は世界各国で翻訳され、愛され続けているロングセラーだった。男は、幼い頃に家族を事故で失うまで、絵に描いたようにしあわせな日々を送っていた。きっと、その絵本を読んでもらったこともあるだろう。たとえ、なかったとしても、絵本というものは、ときに魔法を起こす。魔法のちからの強い絵本ほど、長く愛されるものだ。  男はいま、未明の闇のなかにいた。ほどなく空が白み出し、サイドテーブルの絵本を浮かび上がらせるだろう。  闇から光への移り変わりのひととき、男はただ虚空を見つめていた。  
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