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「付き合ってくれないか」
あの日の夕方俺は決意をして彼女にそう聞いた。
彼女はオレンジ色に染まった空を見上げた。そして俺を見つめた。
「いいよ…」
「本当か!」
俺は嬉しくなって彼女を抱きしめた。彼女の体がこわばったのがわかった。
彼女の美しい黒髪を撫でる。
ベッドで横になっている彼女は時たま、眉をひそめる。
彼女が夜なかなか眠れない性質だということに気づいたのは
ベッドを共にするようになってからだった。
俺は彼女を安心させようとその体を抱きしめた。彼女の腕が俺の腕を掴む。それは痛いくらいだった。
「武田…」
彼女の口から漏れたその名前に俺は息がとまるかと思った。寝言らしく、彼女は俺を掴む腕の力を弱めると体を丸めるようにした。寝顔はとても苦しそうだった。
「なあ、松山。昨日の夜、私なにか変なこと言わなかった?」
彼女はスプーンでミルクに浮かぶコーンフレークをすくいながらそう言った。俺はいつものお気に入りの日本食の朝食メニューの納豆に卵をいれた。
「いや。別に。」
俺は精一杯笑顔を作ってそう言った。
お互いに実家通いなので周一はこうやってホテルに泊まっていて、そこの朝食を一緒に食べるのが習慣になっていた。
「松山?納豆混ぜすぎじゃないか?」
そう彼女に言われて見ると卵が泡だって、手元の小碗の中の納豆が泡だらけになっていた。
「これがうまいんだよ」
俺はそう言いながら納豆をご飯にかける。
「そう言えば今日は辞令が出る日か。」
「うん、東京に行くことになるけど。平気か?」
彼女は俺を気遣うように見た。付き合うようになって彼女はそういう表情を見せるようになった。俺はその顔を見るのがたまらなく好きだった。
「大丈夫。俺の会社は東京出張多いから。遊びにいくよ。」
俺は笑顔でそう答えた。
会社に彼女を迎えにいった。今日は車でこっちに来てたから、そのまま彼女を乗せて家に帰るつもりだった。
俺は視線を感じた。刺すような視線だった。
彼女は俺を見ていて、気づいてないようだった。
俺は視線の主を探るため、顔を上げた。
武田…。
武田タカオがこちらを見ていた。武田は俺たちの姿を確認すると再び建物の置くに入っていった。
なんで武田が??
「どうしたんだ?松山」
「なんでもない」
彼女は動揺する俺を心配げに見上げた。
「武田をみたけど?」
迷ったが俺はその夜、彼女に直接聞いた。彼女は一瞬動きを止めた後、視線を俺からはずした。
「うちの会社吸収合併されただろう。親会社が武田が勤めてる会社だったんだ。私も初めて見たときは驚いた」
彼女は淡々とそう答えた。
「松山?」
俺は急に不安になり、彼女を抱きしめた。
時間がたつに連れて俺の不安は大きくなり、彼女の様子もおかしくなった。沈んでることが多くなった。でも彼女の行動は変わらず、彼女が会社外で武田と会ってる様子はなかった。
あの視線、刺すような視線。
10年たっても変わっていなかった。
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