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しばらくして私は武田くんと付き合い始めた。
武田くんは私をユキコと呼んだ。
そして私のことを一番に思ってくれた。
以前のように女性が集まる場所へ行くこともなくなった。
でも私はなにか違和感を感じていた。
彼は私だけを見てくれる。
私だけが彼を知ってる。
でもそれは違うような気がしていた。
私はその嫌な予感を無視していた。
彼の側で幸せだった。
彼の柔らか髪をなで寄り添っているのが幸せだった。
1年後、武田くんは係長になった。
彼は変わった。もっと大人になった気がした。
それでも私には変わらぬ優しさをくれた。
家族で会うことが多くなってきた。
私達は結婚を意識し始めた。
武田くんも同じ気持ちだと思っていた。
私は武田くんと結婚して、彼の子供を生み、彼の側で生きていくつもりだった。それは私の夢だった。
武田くんだわ。
私は会社の休憩所で武田くんの姿を見つけた。声をかけようとしたとき、ふと武田くんの表情がいつもと違うことに気がついた。
それは桜を見上げていたときと同じ切ない表情だった。
視線の先に、美しい黒髪を束ねた女性がいた。その女性は武田くんの視線に気づいていないようだった。
確か上杉カナエさんだっけ?武田くんの高校生の同級生って言っていた…
私は気持ちが焦った。二人を話させたくなかった。嫌な予感がした。
「あ、武田くん」
私は武田くんの腕に腕を絡ませた。私の声で上杉さんは私達がそこにいることに気づいたようで、その黒い目でこちらに向けた。そして椅子から腰を上げるとその場を離れた。
武田くんの視線は上杉さんの後姿を追っていた。
嫌だった。
「今日はチケットを予約する日でしょ」
私は武田くんに悟れないように精一杯の笑顔を作ってそう言った。
あの視線…
せつない視線…
私の胸が騒いだ。
今まで彼が付き合ってきた女性を見てきたけど、彼があんな視線で見ていたことはなかった。
でも私はもうだめだった。
彼がいないとだめだった。
離れたくなかった。
こんな恋したくなかった。
穏やかな優しい恋がしたかった。
でも彼に囚われた。
逃れられなかった。
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