恋が終わるとき

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「上杉さんってかっこいいわよね」 途中入社で私と同じ年の木下ノリちゃんがファンデーションを塗り直しながらそう言った。 上杉¨ 聞きたくない名前。 「でも私はあーはなりたくないわ。仕事って所詮お金を稼ぐための手段だもの。やっぱり女の幸せは結婚よ!」 私はノリちゃんにそう答えた。 上杉さんの話は聞きたくなかった。 私は仕事なんかどうでもよかった。 ただ優しい家庭を作りたかった。 「でもキャリアってあこがれない??」 ノリちゃんは意外そうに笑いながらそう続けた。 「そう?」 私は話を変えたかったので興味なさげに答えた。するとノリちゃんはにやっと笑った。 「あんたは部長の娘だし、かっこいい彼氏がいるからでしょ」 「まあね。」 そう武田くんはみんなの憧れ。かっこいいし優しいし、仕事もできる。 私はそんな彼を結婚するの。 そう思うと気持ちが軽くなった。 私は彼の婚約者なの。 「それでいつ結婚するの??」 ノリちゃんはうらやましそうに私を見つめた。その顔はすでに化粧直しが済み、完璧に整っていた。 「秘密」 私はそう答えながら仕上げの口紅を塗り直した。 「え?シンガポール?」 「そう。今度の社員旅行はシンガポールになったみたいなんだ」 ベッドで横になりながら、武田くんはそう言った。 「ユキコは行けないんだっけ?」 「うん。友達の結婚式。親しくしてた子だから絶対に出たいの」 「お土産買ってくるね」 武田くんはそう言って私にそっと口づけた。 武田くんはいつも優しい。 穏やかな視線で私を見る。 あの時も彼は優しく私を見つめていた。 「僕たち、そろそろ結婚しようか」 いつもの穏やかな顔だった。 結婚¨ 夢に見ていた、待っていた言葉だった。 でもなんだか嬉しくなかった。 「ユキコ?」 私は涙が出てきた。 なぜだろう、 嬉しいはずなのに、その変わらない穏やかな笑顔を見て涙が出てきた。 「ごめん。嬉しくて涙が¨」 私は嘘をついた。 武田くんはそっと私を抱きしめた。 彼はいつも優しい。 でもその優しさが嘘の優しさであることに私は気がついてしまった。 好きな人はほかにいるのに¨ でも私は武田くんと離れる勇気がなかった。 その穏やかな優しさに包まれていたかった。 それから数週間後、私達は結婚式の日取りをきめ、武田くんとお父さん達は社員旅行に出かけた。
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