長條さん

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「あなたは…その…私がなったかもしれない姿なの、私はそうなる前に自分を曲げたけどね」 岬は鼻で笑った。 自分への嘲笑だった。 「…別に尊敬されることじゃない」 「そんなことない」 「私は逃げただけよ」 そう言った凜は悲しげだった。 岬はそれを哀れとも、愚かとも思わなかった。 「そっか…」 「あなたの思ってる人間なんかじゃない」 「…ありがとう」 「なんでお礼なんて言うの?それになんでこんな話を私に?」 「だから私に長條さんが似てると思ったからだよ」 「…そう」 「…ごめんね、辛いこと思い出させて」 「…別にいい、私が悪いだけだから」 その言葉を聞いて岬は思わず凜を軽く抱きしめた。 往来には人はいない、この空間は2人だけのものだった。 「ちょ…どうしたの神宮さん」 声量はいつも通りだったが、凜は明らかに焦っていた。 岬の鼻腔にはいつもの汗臭い臭いが鼻に入る。 「そんなこと言わないで…長條さんは悪くなんてない」 「…私、ここにいてもいいかな」 少しの時間を空けた後、凜は言った。 その口ぶりはいじけた子供のようだった。 「いいと思うよ、人と関わるの苦手でも…私だって別に得意じゃないし」 「…そろそろ離して」 岬はゆっくりと抱擁を解いた。 凜はいつもの涼しげな顔で岬を見つめている。 「ごめん、嫌だった?」 「嫌じゃない…ただちょっと驚いただけ」 「そっか」 手持ちぶたさに2人は歩き始める。 だんだんと人が増えてきた。 夕日に照らされた少女たちは、まんざらもなく並んで歩く。 蝉が鳴き、カラスが吠え、夏の太陽の暑さを肌に感じながら。
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