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「んんんんんんッ!!!」
羞恥か嫌悪感かあるいは恐怖、ぐちゃぐちゃに感情が入り混じっているであろう涙をその目に浮かべこちらを見る。助ける求める表情でこっち見ていた少女だが、俺が額から血を流している事に気づくと酷くショックを受けたような顔を見せた。
そして、掴まれたままの口を大きく開けるとそのまま勢いよく閉じた、口元を押さえつける緑色の指を巻き込む形で。
「ゲギィイイイイッ!! ゲギ、ググギィ!」
腹上のゴブリンが悲鳴を上げ少女の顔から慌てて手を離した。皮膚の強度は人間と大きく変わらないのかその小さな手にはくっきりと人間の歯型が残っていた。
ようやく言葉の自由を得た少女が息を吸いこみ、喉が裂けるんじゃないかという程の大声を上げた。
「逃げてくださいっす!! こいつらはあたしがなんとかするんであなただけでも逃げて欲しいっす!!」
何言ってるんだこいつは。スライム一匹倒した事も無さそうなド新人冒険者がゴブリンの群れに捕まり身動きできない状態で、逃げてくださいって? 助けてくれの間違いじゃなくて?
大体俺の状態見てから言えよ、そっちより数は確かに少ないけど頭割られてマウントとられて逃げたくても逃げようがねえんだ。出会ってここまで、ほんの僅かな時間で薄々こいつは馬鹿だと思い始めていたとこだったけどここまで馬鹿とは。
つーか心配するなら自分の事を心配しろよ、いたぶっていた相手に歯型残る程噛みつかれたんだ。そいつらが黙ってると思ってるんじゃないだろうな。
「ぐげえええええ!! ギッ! グギッ! ゲギ!!」
腹上のゴブリンが歯型の残る手を握りしめ少女の顔面を打ち付ける。その傍らではほかの三匹が間抜けを晒した同族を指さしゲラゲラと笑い声を上げていた。
何度も、何度も、まぶたが腫れ、鼻から血を流し、口から折れた歯がこぼれ落ちても、怒りの形相で顔を歪ませたゴブリンは拳を打ち下ろすことを止めなかった。
「ひ、グぅ、……がぎゅッ、いぎィ」
少女の端正な顔立ちが一振りごとに歪んでいく様を眺めながら、地面を握る指に力を籠める。
……だから言わんこっちゃねえ。なんでそこまでして俺を助けようとしたんかね。出会って半日も経ってない、文字通りの赤の他人のこの俺を。結構可愛い系だった顔をあんなにしちまってまでさ。
「に……逃げてくださいっす……。あたしは、ぼう……けんしゃ、だから!! あなた、みたいな人、を守るのが……役目っす……だから……っ!!」
…………。
そんな理由で。
そもそもお前、冒険のぼの字も知らないルーキーだろ。
それをそんな理由で。
………………。
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