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こいつと対面した時に腰から短剣を2本ぶら下げていたのを覚えてる。少しの記憶を頼りにうつぶせのままゴブリンの体をまさぐっていく。うん、気色悪いわこれ。
そんで確かこの辺に――――、あった。
手探りで短剣の柄を探し当て速やかに鞘から引き抜く、そして――――。
ひゅん、と腕だけの最低限の動きで短剣を振り切った。
「グっ……グゲ……?」
何が起きたかわからない、という素振りで自分の首元に手をやるゴブリン。
直後、生温かいシャワーが俺の頭上へと降り注ぐ、まさに血の雨としか形容できない景色がそこにはあった。
「ナイフの使い方もヘタ、刺す所もヘタ、武器の管理もヘタ。落第だぜ、ド素人」
背中に乗ったまま動かなくなったモノを振るい落しながらゆっくりと立ち上がる。
ああ、なんか体が軽いな。
刺された傷から流れる血液が腕を伝い雫になって地面に落ちる。
「ギ、ゲゲギィ!!」
「ゲゲッグゲゲッ!」
少女の上の4匹が仲間の身におきた事態にようやく気付く。勿論あいつらの言葉なんて分からねえけどその声のトーンや表情、仕草なんかで大ざっぱな心境は把握できる。
大体のイメージで怒り3割驚き6割そして恐怖が1割と、そんな具合だろうか。
驚きと恐怖が怒りに変わるとめんどくさい、感情を占める割合の怒りの部分が恐怖を超えると自棄になって襲い掛かってくる輩も多いからな。
だからそうなる前に手を動かすか。
さっきの奴の喉笛掻き切った短剣と、同じくそいつが俺の首筋にあてていた短剣の計2本、それぞれを両手に構え腕をしならせる様なイメージで一息に振りぬく。俺の手を離れた短剣はグリーンの的が反応を見せる前に、それぞれ少女の腹上と彼女の手に短剣を突き立てた個体の眉間に突き刺さった。
「……グ、グギギギ」
「ゲギィ、ゲゲギィ……!!」
瞬く間に仲間三人を失った連中は完全に心が折れてしまった様で、少女の上から飛びのくと一目散に森の中へと消えていった。しばらくは二匹が逃げ去っていった方角を眺めていたものの完全に気配が去った事を確認して少女の元に近づいていく。
そこに、ぽつりと雫が頬に当たるのを感じた。この世界でも雨は振るんだな……なんて事を考えている内に、二匹のゴブリンの死体に挟まれる形で倒れている少女の元にたどり着いた。
「おーい、生きてるかー?」
「はぁ……はぁ……、あの、ゴブリン達は……?」
「おお、まだ生きてた。あいつらなら二、三匹殺したら残りは逃げたぞ」
「そう、っすか……。あの、ありがとう……ございます……。本当なら、あたしがあなたを助けないといけなかったのに……」
「冒険者だから……ってやつか? さっきも言ってたけどその冒険者って言うのは……」
「冒険者って言うのは……げほっ、うぐ……」
咳込んだ少女の口から赤い塊が飛び出した。あーあー、そりゃあんだけ殴られりゃあそうなるわな。聞きたい事は山程あるが、今はそれどころじゃなさそうだ。
「とりあえず話は後だな、そろそろここを離れた方がいい。去り際のあいつらの様子を見る限り戻ってくる事は無いと思うけど万が一って事もある。……立てるか?」
ボロボロの少女が差し伸べた手を弱々しく掴み、ゆっくりと立ち上がる。
「すいませんっす……あたなたの方も酷い怪我なのに……」
俺の姿を見て目を細める。そういえば頭からゴブリンの血を被ってたんだった。確かに傍から見れば全身から血を吹き出して大怪我してる人みたいだな。
「ああ、これか。これ殆どゴブリンの血だから大丈夫だぞ」
頭と左肩が少し痛むが動かせない程じゃない。その時、ぽたりと俺の鼻から雫が垂れた。鼻血じゃない……これは、……やっぱり、雨だ。降雨が徐々に激しさをを増していく。
「……どうかしたっすか?」
「ああ、悪い……ちょっと雨を、感じてたんだ……肌で」
やっぱり雨は良いな、天から降り注ぐ無数の雫が俺とゴブリンの血が入り混じった汚れを洗い流してくれる。
この短時間で色々あり過ぎた。いつも通り朝起きて、いつも通り学校に行き、いつも通り授業を受けて、いつも通りの帰り道、ちょっとしたトラブルから電車に轢かれて死んだはずが、気づけば冒険者だのゴブリンだのが存在するファンタジーさながらの世界で目を覚ました。
その時に……これはまあただの気まぐれだったんだけど、こっちでは少し生き方を変えてみようとかそんな事を思いもしたけど…………やっぱり好きな物っていうのは変えられないもんだな。
空を見上げれば元いた世界と変わらない、雨空が俺を見下ろしていた。うん、これだけは異世界だろうがどこだろうが言える。
「今日はいい天気だ」
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