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電柱の陰から周囲を見渡し近くに人影がいない事を確認した俺は意を決してその場から飛び出した。
「とにかく少しでもここを離れて警察かなんかに電話を…………」
こんな日に限って家に携帯を忘れてくるなんて。自分でも信じられないくらい間が悪いと思う。
いやそもそも、いつも通りの帰り道で連続殺人犯に出くわす事自体がこれ以上ないくらいにはついてないって話だけど。
そんな事を考えながら走る俺の目の前に一つの人影がふらりと現れた。
「…………ッ?!」
一瞬で喉が干上がる。急にブレーキをかけようとした脚がもつれて転びそうになる所をなんとか堪えた。
こちらに背を向けて立つその人物は右手に傘を、左手に革のカバンを下げたスーツ姿の男だった。
あいつじゃない、そう思うとほっとして気が抜けた。そしてそれが大きな間違いだったことにはすぐに気づいた。
「あの、助けてください――――ッ! あいつがレイニーザリッパーがこの辺りに…………」
言い終えるよりも早く、目の前の男の手から傘と鞄がばちゃりと水溜まりだらけの路上へ落ちる。異様な雰囲気に思わず後ずさりしてしまう。
そこから先はビデオのスロー再生の様に時間の流れが酷くゆっくりと感じた。
ゆっくりと、本当にゆっくりと男が膝から崩れ落ちていく。
ドシャァア、と男が倒れ込んだ地面の水にゆっくりと赤い色が滲んでいき辺り一面がどす黒い赤い液体で染まっていった。
そしてさっきまで男の姿で隠れていたその向こう、男を挟んで俺と対角線上の位置に一人の人間がたっていた。
「…………あ」
その人間は黒いレインコートで全身を覆い、フードで顔を隠している。そして、レインコートの袖口から覗くのは赤黒い液体の滴る一本のナイフだった。
まずいまずいまずい! 頭の中で警鐘みたいな音がガンガン鳴り響いてる。一秒でも早くこの場を去らないとまずい、だというのに俺の躰は金縛りにあったかのようにまるで動かない。
指一本でも動かせばとても酷い事になる、そんな気がしてピクリとも身体を動かせない。
そこに――――
「今日はいい天気だな」
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