獣との対峙

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何故、一応仲間とも呼べなくもない少女の体に拳大の穴が二~三個増えるか否かの瀬戸際でのんびり様子を伺うだけに留めているのか。 それは別に少年が怠惰であるとか、少女の身を案じていないとかそういう訳ではなくれっきとした理由がある。 まあ、この少年の場合そういった理由が無くとも平気で一部始終を眺めるだけに留めそうな気もしなくもないが、今回ばかりはちゃんとした理由がある。 事の始まりは二人で初めてのクエスト、スライム討伐をクリアした次の日である。ギルドから格安で提供される最低ランクの質素な朝食に顔をしかめていた時だった。 「サイスケさん! あたしを鍛えて欲しいっす!」 「…………」 「うわーこのアホまた面倒臭い事言いだしたよ、みたいな表情してないっすか!? えらい微妙な表情っすけど!?」 「うわーこのアホまた面倒臭い事言いだしたよって顔してんだよ」 長テーブルの正面に座る朝から無駄に元気の溢れる少女を一瞥し、直ぐさま自身の皿の上に残る嫌になる程硬いパンとの格闘を再開させる。 「昨日の件であたしは思ったんすよ!! ゴブリンの時も昨日の夜も、あたしがもっと強ければサイスケさんに迷惑をかける事も無かったんじゃないかって」 勝手話を続けるカリンをしっかり無視して、石の様に硬いパンにメインの皿に残っていた野菜原料の赤いソースを塗りその部分にがじがじと齧りつく。 「サイスケさんは元の世界では……あー、ナイフの扱いとかが得意な趣味、をしてたんすよ……ね? だからあたしに刃の、武器の扱い方を教えて欲しいんす!!」 その間サイスケはと言えば口にするにはあまりに硬すぎるパンをコップの中の水に浸すという、行儀やマナーといった点で見ればまず間違いなく間違いであろう行為を敢行している所だった。 「今日から借金返済の為にクエストをどんどんこなしていく予定っすけど、あたしがもっと強くなれればサイスケさんの助けにもきっとなれると思うんすよ! だから……って、聞いてるっすか?」 「ん? あーあー聞いてる聞いてる、確かにお前の言う通りこれはもう一回厨房に持って行ってレンジ……は流石に無いだろうからオーブンとか釜戸とかで温め直すしか方法はないかもしれない」 「誰も硬いパンの食べ方の話なんてしてないっすけど!?」 そんな騒がしい朝のワンシーンから始まったカリンの要望は頼んだ本人の予想とはほんの少し違う形で実現することになるのであった。
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