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間髪入れずに突っ込んで来る巨大な肉の塊。
直撃すれば人の体など枯れた棒きれの様に吹き飛ばされるであろう突進を前にして尚、その瞳は冷静に敵の姿を捉え続ける。
「……流石に眼球なら刃も通るだろッ!」
左右一対と額の角、その先端を器用に躱し、新しく構えた短剣をすれ違い様に獣の右目へ突き立てた。
ぶちゅん、という何かが潰れる感触と生温かい液体がサイスケの手を伝う。耳をつんざく獣の悲鳴が周囲の森で反響した。
激痛に耐えかねた角猪が力いっぱい頭部を振り回す。
がくん、とその動きに引っ張られる様にサイスケの体が宙に浮く。
「サイスケさん! 大丈夫っすか!?」
(これが大丈夫に見えるのかあのアホは!?)
上下左右に振り回される中、突き刺したままの短剣を取っ手代わりに角猪にしがみつくサイスケだったが一際大きく首を振ったタイミングで短剣が眼球からすっぽ抜けた。
その結果がどうなるか、答えは簡単なことだった。
唯一の支えを失ったサイスケの体は巨大な猪が全力で暴れる回るのと同じ勢いで近くの大木へと叩きつけられる。
「…………ゴブッ、ふ!?」
大木と衝突した瞬間からワンテンポ遅れて地面に崩れ落ちるという漫画かアニメの様な光景だが、実際己の身でそれを体験した彼にそんな事を考えている余裕は一切なく。
「……ッ! ……ふぅッ!」
(いっでぇぇぇええええッ!! 背中からイっちまったせいで息が……っ!)
「ちょ、サイスケさん!? ほんとに大丈夫っすか!!」
カリンが慌てて駆け寄ってくる。
少女が地面に膝をつきサイスケを抱え起こそうとしている間にも片目を失った角猪は流れ出る血液の道しるべを残しながら森の奥へと消えていった。
「はーはー、あのクソ猪よくもやってくれやがった」
全身を稼働させ、体の調子を確認する。骨は折れていない。
「はぁはぁ、良し。おっけ、動く。おいカリン追いかけるぞ、幸い後を追うのは難しくないしな」
「サイスケさんってあれっすよね。見かけによらず結構タフっすよね」
「殺人鬼は体が資本」
それだけ言うと率先して角猪の後を追い始める。
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