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ギィンッ!! と、甲高い音が響いた。一瞬の事に事態の把握が遅れる。
見れば踏切に備え付けられている非常用の緊急停止ボタンに見覚えのあるナイフが突き刺さっていた。直後、ギキィィィィィイイイ! と耳をつんざくような金属音が鳴り響く。
電車は直ぐ近くまで来ていた。いくら停止ボタンを押しても到底踏切までには止まれない距離まで。だが僅かでもスピードが落ちれば踏切に到達するまでの時間に遅れが生じる。
そして俺のミスは鳴り響いたその音にほんの一瞬気を取られたことだった。
俺の一瞬の油断と停止ボタンが生んだほんの僅かなタイムラグがあいつが追いつく為の十分なロスタイムになったんだ。
ガッ、と後ろから首ねっこを掴まれる。その事に対し何か反応を見せるよりも速く、俺の脇腹に何か……冷たい何かがするりと入ってきた。
「え……」
冷たい何かは入ってきた時と同じくらいあっさりと脇腹から出て行った。
「……あ」
熱い、熱い、熱い。じんわりと脇腹周辺が熱を持ち始める。
熱い、あつい、これはまずい、まずい、とにかくまずい。
身体に力が入らない。かくんと、糸の切れた操り人形の様に膝から崩れ落ちる。
冷たい線路に顎を強かに打ちつけたが気にならない。
「いやあ久々に楽しかった。やっぱ逃げるにしても抵抗するにしてもお前くらい歯ごたえがある方がやりがいあって良いな。おっとそんな話してる場合じゃなかった、じゃ、俺は行くから、あと数秒の人生を悔いの無いように……達者でな!」
黒いレインコートがこちらに背を向けひらひらと手を振る。
「……ま、が……ばぁ……れ……」
待ちやがれ、そう口にしたつもりだったが俺の口から出るのは血と空気が混ざって泡立った様な音だけだった。
なんだこれ、どこで何を間違えたらこうなるんだよ。なんで普通の高校生が学校帰りに殺人鬼に追いかけられて殺されなきゃいけないんだよ。
やりたいことだってたくさんあるんだよ。バスケだってこの前レギュラー入りしてまだ一回しか試合に出てないし勉強だって今やってる数学のとこが全然わかんねえかもっと勉強しないといけないし彼女だって……高校生活3年間で一回くらいは女子とつきあってみたいし。
まだまだやりたいことがたくさんあったんだよ。
それを――――
全身の感覚なんてとうに無くなった。腹から血流して雨に打たれて一足早く死人みたいに冷たくなった体が自分の意思通りに動いてるかどうかも分からない。
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