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それでもこのままあいつを行かせてたまるか。その気持ちだけが血も失い、心臓も止まりかけた俺の体を動かす原動力になった。
「うぉ、びっくりした。急に脚掴むなよ、線路から出られねえだろ」
殺虫剤をかけた虫がまだ生きていた、そんな程度の感想だろうこいつにとっては。
「おい……いい加減離せって。電車来てんだろほら、ホームの白線の外側でお待ちくださいってやつだ。だから……」
ドス、と背中に何かが突き刺さる。熱いし痛い、普通なら転げまわって絶叫する程の激痛を感じる筈なのだろうが既に死にかけの俺からしたら些細な問題だった。
痛かろうが苦しかろうが、関係ない。この手だけは離さない。
「おいおいまじでふざけんなよ! つかどこからそんな力でてんだよ、既に死人みたいな顔色してるくせによ??」
金切り音が近づいてくる。多少スピードは落ちているとはいえ人体を粉々にするくらいの勢いは十分に残っている鉄の塊だ。
このままここに居続ければどうなるかくらい誰にでも分かる。それはたとえイカれた殺人鬼であってもだ。
レインコートの脚が俺の顔面を踏みつける。何かを大声で喚きながら何度も何度も踏みつける。鼻が折れようが目が潰れようがどうでもいい。とにかくこの手だけは何があっても離す気はなかった。
そして強烈な光が俺たちを照らしだす。視界が真っ白に染まり、目の前に終わりが来た事を悟った俺はゆっくりと目を閉じた。
「ざまあ、みろ」
俺の力ない呟きとは対照的な、力いっぱいの絶叫がどこか遠くから聞こえたような気がした。
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