手のひらに乗る満天の星

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「びっくりした。声くらいかけろよ」 「すいません。どーぞ」    声が大きいと怒られていた私が、こんな風に先輩に怒られるとは思わなくて、少しおかしくて笑ってしまった。永井先輩も、釣られて口角をわずかに引き上げる。  私はその袋を永井先輩の膝の上に置いた。久しぶりに見る先輩の姿は、以前よりも、まるで筋肉をそぎ落とされたみたいにほっそりとしていた。 「……もうすぐ、親が迎えに来るんだ。それまでに荷物まとめておかないと」  彼は車椅子をぎこちなく動かして、美術室の真ん中に置いた大きな紙袋に絵の具の入った袋を仕舞う。その中には、あの描きかけの星空の絵も入っていた。 「あのさ」  先輩は、私に背中を向けたままそっと問いかける。私が「何ですか?」と聞くと、返ってきた答えは予想をはるかに超えたものだった。 「……最近、どうだった?」 「……はい?」 「お前と雑談するのも、たぶんこれが最期だからな。ちょっと話してやらないとかわいそうだろ」 「なんですか、それはぁ」  私の肩から、すとんと力が抜けていく。この時になって私は、先輩に会うのが少し怖かったんだと気づいた。でも、どれだけ痩せても病状が悪くなっていっても、永井先輩は少しも変わらないままだった。  私は、先輩が休み始めてからの出来事を話し始めた。  心晴さんに会ったこと。  私から誘って、友達とパンケーキを食べに行ったこと。それをきっかけにまた友達が遊びに誘ってくれるようになって、今月分のお小遣いがもう無くなったこと。  隙あらば、先輩の絵を見に来ていたこと。  先輩も、私の話を聞いては何やら文句を言っていた。姉ちゃん、余計な事言ってただろ。忘れろよ、とか。そんなに甘いものばっかり食べてたら太るぞ、あと、ちゃんと節約しろよ、とか。何でこの絵なんだよ、完成した奴見に行けよ。恥ずかしいだろ、とか。  そして先輩は、自分の事を話し始めた。自宅にいる時に急に呼吸が苦しくなっていったこと、すぐさま病院に行ったこと、症状は落ち着いたけれど……次同じようなことがまた起きたら、人工呼吸器を使うことも視野に入ってきたこと。 「ねえ、先輩」 「なんだよ」  私は、先輩の口から直接聞きたくて仕方なかったことを、少し怖いけれど……次に会ったときは必ず聞こうと決めていた。諦めと期待を半分ずつ込めて。 「先輩の病気って、治らないんですか?」 「治らないよ」  先輩の答えは、もう決まっていた物をそのまま放り投げるようなものだった。 「……そっか、残念です。せっかく先輩と仲良くなれると思ったのに」 「僕はそんな事、これっぽっちも思ってない。やめてくれよ、お前と仲良くなんて」 「先輩って、素直になれない人ですか?」 「うるさいな」  そう言って車椅子をぐるりと回して私に背を向ける先輩の耳は、ほんのり赤くなっていた。 「あのさ」 「なんですか?」 「その紙袋の中に、水色の小さい袋が入ってるんだ。取ってくれ」 「はーい」  大きな紙袋の中を漁り、先輩が言っていた水色の袋を探す。紙袋の中には先輩が学校に残していたものがたくさん入っていて、先輩が言っていたその水色の袋は埋もれてしまっていた。私はやっとの事で、手のひらに乗るくらい小さな袋を見つけることができた。私は先輩の元に戻って彼の手渡そうとすると、先輩は微動だにしなかった。 「え?」 「開けてみろ」 「はいはいっと……」
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