手のひらに乗る満天の星

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 私がそう言って胸を張ると、お母さんは大きくため息をついた。 「……無駄遣いばっかりしてるから、お小遣いすぐなくなるんでしょ? あんた、こっちに来る前は倹約家でお金使わない子だったのに……あっという間に浪費家になって」  それは、田舎はお金を使うところがなかったせいだ。 「しょうがないじゃない! 私にだって色々あるの! ほら、見てよこれ!」  私は言い訳をするように、千夏ちゃんから来たメッセージをお母さんに見せる。お母さんは鬱陶しそうに眉をしかめて、スマートフォンを見た。その表情はすぐさまパッと明るくなる。 「あら何これ、イチゴスイーツビュッフェ? いいじゃない」 「でしょ? 千夏ちゃんが明日一緒に行こうって誘ってくれたの!」  千夏ちゃんというのは、この街で私に新しくできた、一番親しい友達。どうやら親からホテルレストランでやっているスイーツビュッフェの割引券をもらったらしく「実里ちゃんってこういうの好きでしょ?」と私を誘ってくれた。 「ねぇお母さん、お願い! 私これ行きたい! お小遣い頂戴!」  私はメッセージを確認して即座に「行く!」と返信。けれど、財布の中はすっからかん。お金が降ってきたり湧いてきたりすることはないので、我が家の財務大臣ことお母さんに頼み込むしかないのだ。 「でもあんた、引っ越してきてからこんな所ばっかり行って……女子高生の分際で贅沢過ぎない?」  私は首を横に振って胸を張る。 「私は悪くない、こんな魅力的なものに溢れている都会が悪いのよ。それに、友達付き合いだってちゃんとしていかないと。友達いなくなっちゃうでしょう?」  今まで住んでいた田舎町は、赤ん坊のころからの顔見知りしかいない。年が近ければ必然的に一緒に遊ぶようになるから、友達なんて作ったことなかったのだ。それに、そもそも子どもの数が少ないから自然と子ども同士が一か所に集まり、結託するようになる。だから私は今まで『一からの友達作り』なんてことはしたことない。 でも今は違う、何よりも友達を大事にしなければ……あっという間に輪の外に追い出されてしまう、らしい。私も漫画でしか読んだことないから分からないけれど、都会の女子高生は色々とシビアで常に綱渡りするような生活を送っているのだ。少しでも慎重でいて越したことない。  友達に誘われたら断らない。これが今の私の処世術である。 「ったく。遊んでばかりじゃなくて、勉強もするのよ」 「わーい! ありがと、お母さん!」  財布を開くお母さんに向かって何度も投げキッスをしたけれど、お母さんはそれをスッスッと避けてしまう。私はビュッフェ代金をありがたく受け取り、部屋に戻ろうとする。そんな私に、お母さんが思い出したように声をかけた。 「実里、待って。おばあちゃんから手紙来てるよ」 「え? そういう大事なことは早く言ってよ!」  お母さんの視線の先に、リビングのテーブルの上に真っ白な封筒が置いてあった。とても達筆に私の名前が書いてある。その手紙を手に取り、中身を切らないようにハサミで封を開けていった。  おばあちゃんとは、田舎に住んでいた時に同じ家に暮らしていた。無口なおじいちゃんとは正反対におばあちゃんはお喋りが大好きで、私はおばあちゃんとお話しするのが大好きだった。おばあちゃんは私の事を裏の山に連れて行っては、よく二人で星を見ていた。 星を見ている時におばあちゃんは必ず、星にまつわる色々なお話をしてくれる。織姫と彦星の話、三日三晩英雄に首を絞められて星になってしまった獅子の話、善悪を測るはずだったのに人間の愚かな振る舞いに嫌気がさして天に帰ってしまった天秤の話。本が読むのが好きだったおばあちゃんは、いつも私におとぎ話を教えてくれた。  引っ越しが決まったとき、文通をしようねとおばあちゃんと約束していた。 おばあちゃんは一応携帯電話を持っているけれど、メールでのやりとりが苦手だから手紙が欲しい、と。だから私は、事あるごとにおばあちゃんに手紙を送っていた。友達と行ったカフェの事とか、学校行事の事とかを書くことが多かった。時折、友達たちと一緒に撮った写真シールも付けたりして。  いつもは楽しい事ばかり書いて送っていたのに、この前送った手紙に私は弱音を吐いてしまった。星が全く見えない夜空の事と、それが少し寂しいという事を。おばあちゃんの事だから「いつでも帰っておいで」と優しい言葉をかけてくれるに違いない。私はそんな事を想像しながら、手紙を開いた。 「……ん?」  手紙に書かれていたことは、想像していたものと違っていた。 「――星が見えないのならば、自分で星のように輝くものを見つけなさい……?」  おばあちゃんの近況と、それだけが綴られた手紙。封筒の中を探しても、私が求めている言葉はなかった。 「星のように輝くものって、何のこと?」  私の独り言はお母さんが見ていたテレビの音にかき消されていた。
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