手のひらに乗る満天の星

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 千夏ちゃんに誘われていたイチゴスイーツビュッフェにも、他の友達と行った新作タピオカドリンクにも新しいティーンズ向けブランドの中にも、私が『星』みたいだと思うものはなかった。たびたび首を傾げる私を見て友達はみんな、具合が悪いのか、とか、楽しくないの? とか心配してくれたのがちょっと心苦しかった。 「そうじゃないの! こう……胸を鷲掴みされるような出会いって、そうそうないんだなって思っただけ」 「……それって、実里ちゃん、恋したいの?」  友達の勘繰りに、私は全力で首を横に振る。 「そ、そうじゃないってば!」  そう繰り返してみたけれど、私自身、それを言葉にすることができなかった。おばあちゃんが言っていた星のように輝くもの。それを聞くのは、少し恥ずかしい……子どもみたいなことを言ってとかなんとか、笑われちゃうんじゃないか、変な子って思われるんじゃないか、そんな恐怖がある。私は適当に話をはぐらかすほかなかった。  短い春休みは遊び歩いているうちにあっという間に終わってしまった。  始業式のために学校に向かう。クラス替えが少し不安だったけれど、喜ばしいことに千夏ちゃんが同じクラスで、他にもちらほら仲良しの友達もいる。それに、クラスが替わることで、新しい友達ができるんだと思えば、そんなに悪い気がしない。……そもそも、前の学校ではクラス替えができるほど生徒がいなかったから、これは、人生初めてのクラス替えだった。  私は玄関に貼ってあったクラス替えの名簿を確認した後、新しい教室に向かう。私が転校してきたこの高校はまだ創立して間もないらしく、田舎の古ぼけた学校とは違い、あちこちがまだピカピカと光るくらいに綺麗だ。 それに、車椅子に対応した設備だって多い。車椅子用のトイレだってあるし、教室の引き戸部分は段差のないバリアフリー、階段には昇降機だってある。そんな最新設備を整えているためか、時折、車椅子に乗っている生徒を見ることもある。ぐわんぐわんと響くモーター音。 その音も、この街に引っ越してきて、初めて聞くものだった。 「ふわ~ぁ」 「実里ちゃん、欠伸するときは口元を手で隠すんだよ」 「そんな事言われても、いつも急に欠伸出ちゃうんだもん」 「でも、そんなに大きく口を開けたら恥ずかしいんだよ」  体育館から教室に戻る道中、欠伸をする私に千夏ちゃんがピシャリとくぎを刺す。  それはくしゃみも一緒か。さすがにくしゃみの時は手で押さえるけれど……欠伸で大きな口を開けた時も周囲の目を気にしないといけないなんて、都会の女の子って大変だ。私はもう一度こみ上げてきた欠伸を、今度はかみしめながら、何度も頷く。 「でも、校長の話つまらなかったな~」  私がそうぼやくのを聞いて、千夏ちゃんは小さく笑う。 「そうだね。なんか話にまとまりがないと言うか」 「半分以上聞いてなかったよ、私」  私たちはだらだらと歩きながら、新しい教室に向かっていた。廊下を進み、職員室の前を通って……そこで、私の視線はある物に奪われてしまった。 「……なに、これ?」  職員室前の掲示板に、ある絵が飾られていた。目の奥を駆け抜けるように、その絵が私の目を奪い、胸がぎゅっと締め付けられるのを感じている。 それは、濃紺の空の中にちりばめられた、大小さまざまな星の姿が描かれた絵だった。星が放つ淡い光までも私の記憶に残る星空みたいで、私の体は……なんだろう、ふっと宙に浮いた気がした。 「この絵、前からあったっけ?」 「え? 知らないよ」    私がそう問いかけると、千夏ちゃんは興味なさそうに首を横に振る。 「誰が描いたのかな? すっごい素敵!」 「……そーぉ? ありふれた絵って感じだけどなぁ」  私が夢中になっていると、誰かが小さく肩を叩いた。ビクッと肩を震わせると、私のすぐそばに立っていた佐々木さんが小さく頭を下げていた。
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