手のひらに乗る満天の星

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手のひらに乗る満天の星

 小さなころからずっと、星を見るのが好きだった。 頭の上に広がる満天の星たち。その光は、まるで地上にいる私に向かって降り注ぐように瞬いている。時折、星の群れから離れて、まるで旅に出るように流れていく星もあった。 私は流れ星を見るたびに願い事を唱えてみたけれど、三回言い切るよりも先にそれは消えて行ってしまう。だから、私の本当の願い事は叶えられることは一度もない。 ***  昼寝から目を覚ました私は、ついさっきまで見ていた夢を思い出す。 最近はいつも、田舎に住んでいた時にいつも見ていた星空の夢を見ることが多かった。まるで私を飲み込んでしまいそうなくらい空いっぱいに広がる星。それをじっと見ていると体から力がふっと抜けいき、まるで海に浮かぶみたいにその中に体を放り投げて、周りに漂う星と一緒に銀河を流れていく。そして、今まで見たことのない新しい星に出会うのだ。 何もない、本当に何もない田舎町だったけれど、その星空だけは私にとっては大切な宝物だった。  半年ほど前、お父さんの仕事の都合で、私はあの田舎町からこの都会に引っ越してきた。高校も転校して、全校生徒百人にも満たない学校から、その五倍ぐらい生徒のいる高校に通うことになった。 初めは慣れないことばかり(以前は雨の日も雪の日も自転車を使って通っていたのに、乗りなれない満員電車に乗って登校するとか。山ほどいるクラスメイトの名前を覚える事とか)で大変だったけれど、慣れるにつれて、学校生活はどんどん楽しくなってきた。高校一年生の学年末が来る頃にはすっかり『都会っ子』みたいになっていた。  都会って、本当にすごい。その言葉の通り、何だってある。すぐに見つけることができる。 コンビニまで車に乗って十分以上かかる田舎とは違い、今の家から歩いて数分のところにいくつも店舗がある。今までテレビでしか見たことのなかったパンケーキやタピオカ入りのドリンク、ファッション雑誌で見たことしかなかったトレンド最前線の洋服。ファストファッションのお店。それらが、簡単に手に届く距離にあるのだ。 この街で新しくできたお友達が、学校帰りや休日に色々なところに私を連れて行ってくれる。どこに行っても、まるでキラキラ光る宝石を見ているかのようでドキドキと胸が高鳴り、どこもこれも新鮮で楽しかった。きっとそうやって目を輝かせる私の事を面白がって、友達はみんなそういうところに連れて行ってくれたんだと思う。  ここには、本当になんでもたくさんある。 でも、たった一つだけないものがあった。――それが星空だった。 都会はどこに行っても夜は明るい。無数に立ち並ぶ街灯やビルや家から漏れる明かり。夜になっても、とっぷりと暗くなることはない。そんなもんだから、星なんて一つも見えない。田舎にいた頃は毎日見てきた星空がここにはないこと、それが何だか少し寂しくて、目の奥がチクチクと痛むようになってきた。  だから、星空の夢ばかり見てしまうようになったのだと思う。物が溢れる生活への疲れとその寂しさを癒すように。  私は枕もとに置いてあったスマホを手に取った。このバイブレーションで目が覚めてしまったのだ。せっかくいい夢を見ていたのに……と恨みがましく画面を見て通知を確認すると……千夏ちゃんからメッセージが来ていた。 「なになに……んんっ!?」  寝ぼけ眼を擦りながらそのメッセージを読むと、一気に目が覚めた。私は勢いよくベッドから起き上がって、慌ててリビングに向かう。リビングではお母さんがソファに寝そべって昼のドラマの再放送を見ていた。お母さんはドタドタと騒々しくやってくる私を見て、煩わしそうに眉を顰める。 「実里、あんたまた昼寝してたでしょ? ダメじゃない、春休みだからってだらけてばっかりだと……」 「そんな事よりお母さん、お小遣いちょうだい!」 「何言ってるの? 今月の分はもうあげたでしょう? 忘れちゃったの?」 「そんなのもう無くなった!」
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