148人が本棚に入れています
本棚に追加
同期の倉科と
なんのしがらみもない同期の男と戦う?
オレはしばし悩んだ。
そんなに仲良くつるんではないけど、嫌ったり憎んだりしてるわけでもない。
そんな相手を剣や魔法で傷つける?
いや無理でしょ。と思った。オレにはできねーわ。夢でもナイわ。
自分で自分のことを魔王って言ってるけど、中身はまんま倉科だし。
うーん……なんかやる気が失せてきたぞ。
倉科が腕を組んでまたフッと笑った。
どうやらオレの葛藤を見透かしてるようだ。
こいつのこういうキザったらしいところが職場の女性陣にはウケてるんだけど、同時に一部男性陣の反感も買ってる。
オレ? オレは別に興味なし。
なのになぜか仲がいい認定されてるんだよなー。ほんと不思議。倉科について相談を持ちかけられるたびに首をかしげてるんだよオレは。
手にしていた抜き身の剣をチャキン、と背中の鞘におさめた。目をすがめた倉科が言った。
「戦わないのか? 俺を倒しに来たんだろ?」
「戦えないよ」
「なぜ」
「なぜってだってお前、倉科だし」
それに。
「◯◯物産の件で借りもあるし」
そう。実は今日、オレは倉科に仕事で助けられたんだ。
詳しいことは社外秘だから言えないけれど、オレが教育担当している新人が作成した書類に不備があって。
オレも別件で忙しくて見落としていたそれを、倉科が気づいて指摘してくれた。しかもさりげなくフォローまでしてくれた。
ミスはオレと新人と倉科以外は誰にも気づかれないうちに回避(かいひ)されたんだ。
ほんと感謝してもしきれない。
「ほんとありがとな。今度飯でも行こうぜ」
オレはとある和食割烹を思い浮かべた。
「お前煮魚好きだろ? いい店見つけたんだ。そこのカレイの煮付けが絶品でさ。一口でほっぺた落ちるよ、マジで」
眉をひそめる倉科。
「……なんでオレが魚が好きだって知ってるんだ」
「だってお前、社食の日替わり定食、煮魚ばっか選ぶじゃん」
「!」
そう。こいつは毎日毎日、日替りの煮魚定食一択なのだ。
社員食堂で倉科の後ろにならんだ女性社員がこぞってマネするもんだから、煮魚定食を食べたいやつは倉科より先に列にならばなければならない。
煮魚好きには迷惑な話として社内では有名なネタだ。
アンチ倉科派は「まだ26なのに爺くせーよなぁ」と揶揄するのがお約束。
「今日はあれからバタバタしちゃって現実のお前にはまだ言えてないけど、誘うから。絶対」
行こうな? と笑いかけると、倉科の顔に朱がさした。サッと手で口を覆ったがオレは見た。直前にヤツの口がしまりなくゆるむのを。はは。なに照れてるわけ? まあいいや。
「じゃ、そういうことで。また」
会社で…と手をあげて立ち去ろうとしたら。
ガシッと肩をつかまれた。
「待て、安斎(あんざい)」
あ、オレね。オレ安斎ってーの。
「まだいいだろ」
「や、そろそろ起きる時間だし」
「夜明けまでまだ四時間はある」
あ、そうなの? でも。
「もうやることないし」
「やることならある。今日の件、感謝してくれてるんだったらもう少し付き合え」
ええ? あー、まぁ別にいいけど…。
「バトルは無しだぞ? オレ恩人のお前に怪我を負わせるのヤだし」
「大丈夫だ。危険なことじゃない」
むしろもっとイイコトだ。
───ポンッ。
と空中に放り投げられるような感覚。実際、軽快な効果音も聞こえた。
倉科の最後のセリフを合図に、いきなり背景が転じた。
薄暗い石造りの魔王の間から、光に満ちたヨーロピアンテイストな広い室内に瞬間移動したようだった。
最初のコメントを投稿しよう!