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こいつ…確信犯か
─────ハッとして目を覚ました。
最初に認識したのは見慣れた天井クロスとシンプルな丸いシーリングライト。
オレのアパートの寝室だ。
仰向けに横たわった状態のまましばし呆然とする。
なんかいろいろすごい夢だったな…。
勇者としてモンスターを倒しまくって魔王な同僚とあんなことやこんなこと……。
はは、すげぇヨかったし。
夢の中の倉科はウワサ通りのテクニシャンだった。間違いない。オレ印のでっかい太鼓判を押してやる。
いろいろ全力過ぎたからか寝起きとは思えない疲労感に、すぐには起き上がれなかった。
ダルい腕を持ち上げて枕元のスマホを手に取り時間を確認すると、倉科の予言通りまだ夜明け前。──よし、二度寝しよう。
タオルケットを肩まで引き上げ、体を横に向けたときだった。
その感触に気づいたのは。
タオルケットを蹴り飛ばして跳ね起きた。
文字通り飛び上がった。
ベッドの上に仁王立ちになり、寝巻き用のハーフパンツの中をおそるおそるのぞくと……ヒャアアアア! オレは脳内で絶叫した。
……賢明な諸君にはもうおわかりだろう。てか詳しく説明したくはないんだけど……ううう。つまりそういうこと。
いそいでベッドシーツをひっぺがし、タオルケットと共に洗濯機にダンクした。
洗剤を入れてスイッチオン。
バスルームに飛び込んで体をキレイにし、寝室にとって返してマットレスに目を凝らす。よかった、マットレスはセーフだった。
朝食を取り、洗濯物をほして着替えたらちょうどいつもの出社時間。
あー。仕事はまだ始まってもないのにすげー疲労感…。
会社のオフィスが入っているビルに足を踏み入れた時だった。名前を呼ばれて振り返るとそこには。
倉科がいた。同期の倉科が。
──ヒャアアアア! と、本日二度目の脳内絶叫。
でも内心の動揺はおもてには出さない。
そう、出したら敗けだ!
「おっス、倉科。めずらしくゆっくりだな」
なに食わぬ顔であいさつをした。うん、いつも通りのオレだ。よかった。
社会人五年目だしポーカーフェイスくらいできらぁな。
俺たちは連れだってエントランス最奥に位置するエレベーターホールへ向かった。
ここはそこそこの高さのオフィスビルで一般社員用では四基設置されてるんだけど、出社前のこの時間はいつもエレベーター待ちの長い行列ができる。その最後尾にて足を止めた。
「おはよう安斎。今日はちょっと朝からやることがあってな。……きのうはよく眠れたか?」
「うん。まぁな」
「……なんかイイ匂いがするな。シャワー浴びてきたのか」
ギクッ。
「あー、そうそう。うちエアコン調子悪くてさ。寝汗かいちゃって」
「それは大変だな。じゃあ朝から洗濯も?」
「うん、ちょっとシーツとかケットとかな」
「………」
「………」
な、なんだよ。
エレベーターの回数表示を見つめるオレの横顔に倉科の視線が突きささる。
穴が開きそうなほどの圧迫感に押し潰されそうだ。うー。あー。なにやら気まずいぞ。
思わず咳払いをすると、ふっと視線がそらされた。…ほっ。
四基あるエレベーターはフル稼働しており、徐々に列は短くなっていくもののまだオレたちの順番は来ない。
なにか話題、話題…。───あ。そうだ。
「倉科、昨日の○○物産の件だけど。ほんとサンキュー。お礼といっちゃなんだけど、よかったら今度」
「──行く」
ぐりんッとすごい勢いで倉科の顔がこちらを向いた。食い気味の返事にちょっとのけ反るオレ。
お、おう。そうか。
「あー…、そしたら」
「今週は明日なら大丈夫だ」
なんだお前は。エスパーか。
「うん、じゃあ明日にしよう。店、昼に予約しとくから」
「わかった。楽しみにしてる」
ポーンと鳴ってエレベーターが到着した。俺たちもギリギリオッケーだ。
同じ箱に乗り込んでそれぞれ目的の階数ボタンを押してもらい、そろって階数ランプを見上げた。
「じゃあ詳しいことはまたメールするな」
「ああ。……それまでは煮魚を食べるのは控えることにする」
「ははっ、なんだよそれ」
ポーン、と鳴ってエレベーターが停止した。オレが降りる階だ。後ろの人に進路を譲るため、倉科も一旦箱を降りる。
降りたいひとがすべて降りたのを確認し、ふたたび乗り込む倉科。
その背中を見つめていてオレはふと首をかしげた。──煮魚?
ぞわぞわっと鳥肌がたった。オレ今日煮付けの話したっけ…?
───……いやいや。まさかそんな。
凍りついたように動けなくなったオレの前で、ゆっくりとヤツが振り返った。満足そうな顔。キザッたらしい微笑み。
ソレを目にした途端、無意識に口を開いていた。
「────お前の噂、ほんとだったな」
「…?」
「────マジで腰砕けだった」
倉科の頬がカッと一瞬で赤くなり、つぎに青ざめた。
見つめるオレの疑念は確信に変わり。
さきほどのエレベーター待ち中の会話を思い出して、だんだん目が据わっていくのが自分でもはっきりとわかった。
最近夢によく出てくるな~と思ってはいた。どうしてそんなことができるのかはわからないが、ただの偶然ではないのだ。
─────とぼけやがってこの野郎。
「…っ、安斎」
「じゃ、また明日な」
サッと手をあげ言葉を制した。ドアがするする閉まっていって、どこか焦った様子の倉科がゆっくりフェードアウトしていく。
こんなとこでする話じゃねーし。これから仕事が始まるんだ。
ごちゃごちゃしてきたあたまン中整理して、気持ちを切り替えないと。
その日は猛烈(もうれつ)な勢いで仕事を片付けていき、昼休みに件(くだん)の店に予約の電話をした。
明日は花金だが運良く個室をゲットできた。念のため、カレイの煮付けも事前注文しておく。
その旨をメールで倉科へ送り、文末に「逃げるなよ」と一言添えておいた。
大好物の煮付けを前に一体どんな#話__いいわけ__#をするのやら。
なんだか無性に楽しくなってきたオレは、心のなかで叫んでいた。
───魔王よ覚悟しやがれ、と。
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