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芝居は大盛況だった。
芝居小屋を出て、夕暮れ時を過ぎて暗くなってきた道を蔦と並んで歩く。
「贅沢だったねえ。まさか桟敷席に幕の内つきなんて。あんた本当に何をやったんだい」
「前に話しただろう。あの簪だよ」
「ああ、そういや寺で祓ってもらったとか何とか……。よく分からないけど、おかげであたしもおこぼれに預かれたわけだから、感謝しないとね。それにしても、化けるもんだねえ。あの藤五郎の花魁の美しかったこと!ね、ついこないだ花魁の相談事を請け負ってたじゃない。やっぱり本物の花魁もあんな風なの」
「本物はもっと何て言うかな……こう、艶があるってのかな。藤五郎の花魁も十分婀娜っぽくて華があったが……ああ、そうだ。覚悟かな」
「覚悟?」
「あの花街で生きていくっていう、覚悟みたいなもんが白梅にはあった。芯が一本通ってて、自分に絶対の自信を持ってるように見えたな」
「へえ……」
左隣で相槌を打つ蔦をちらりと見て、何かを言おうかどうしようかと迷っているように目を彷徨わせる。
『……まだ言わないのか』
右隣の實親にひそりと問いかけられ、思わずびくりと肩が跳ねた。
蔦に気付かれてはいないかと、さっ、と目を向けるが、観たばかりの芝居の話に夢中のようだった。
「大向こうってのは初めて聞いたけど、面白いもんだよねえ」
ほっと胸を撫で下ろし、真白は實親を睨む。
声を潜めて「何をだよ」と問うと、公達はしれっとした顔で答えた。
『何をって……君が一番分かってるはずだろう』
む、と口を尖らせて、真白は「分かってるから、ちょっと黙っててくれよ」と噛みついて、んん、と喉を鳴らす。
「芝居なんてどれくらいぶりか分からないけど、なんだか夢を見てるみたいっていうか、楽しかったねえ」
にこにこと上機嫌で語っている蔦に相槌を打って、「なあ、お蔦」とそれとなく切り出した。
「暗くなってきたし、送ってやる。それで……ちょいと、お前のおっ母さんに挨拶に行ってもいいか」
「そういや、随分会ってないもんねえ。別に構わないけど。なんだい改まって」
おかしそうに笑って言う蔦に、「ああ、うん」と漏らしながら首の後ろをがりがりと掻く。
「その、なんだ……お前……あれだ」
もそもそと口の中で呟く歯切れの悪い真白に、蔦が眉を寄せだ。
「なんだい、はっきりお言いよ」
ええい、と足を止めて蔦に向き直った真白は、つい勢いのまま大きな声で訊ねた。
「俺と夫婦になってくれ!」
蔦は思考が停止したように目をまん丸くして見返していたが、思い出したように目を瞬かせた後、そろりと訊ねた。
「夫婦に……? あたしと、あんたが?」
「そうだ」
頷く真白をまた見つめ、それから目をうろうろと彷徨わせて、蔦は両手で頬を抑える。
「……はい」
妙にしおらしく頷いた蔦を、今度は真白の方が目をまん丸くして見つめた。
じわりと、真白の中に温かなものが染みて広がる。ゆっくりとその顔に笑みが広がった。
「そうか……そうか! よし、じゃあ急いでお前のおっ母さんに報告しよう!」
「え、真白! お待ちよ、真白ったら!」
嬉しそうに大股で歩き出す真白を、慌てて蔦が追いかける。振り向いた真白が、蔦の手を取って、満面の笑みを浮かべた。
それを目にした蔦は大股で歩く真白に引っ張られて小走りになりながら、つられるように眉尻を下げて笑う。
實親は扇の陰で小さく笑って、宵闇の道を足早に抜けてゆく二人の背をのんびりと追った。
ふと見上げた先に、建ち並ぶ家の屋根から覗く丸い月を認め、白い光に目を細め微笑んだ。
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