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小柳堂は野田屋から少し歩いた裏手の、商家が並ぶ通りにあった。
入ろうと暖簾を払ったところで、出てくるところだった梅千代と鉢合わせる。
「おっと」
「あっ」
腰の辺りに軽く肩がぶつかったらしく、その反動で抱えていた包みを落としてしまった。落ちたそれを見つめている梅千代に、真白は慌てて屈み込む。後ろで實親の『粗忽者』と呆れたような呟きが聞こえた気がしたが、気にしている余裕はない。
「すまねえな、大丈夫かい」
包みに入っていたから団子に大きな被害はなかったものの、真白が拾い上げたそれを受け取った梅千代の目には涙が溜まっている。
「姐さんの団子……」
ぽつ、と呟いた梅千代の声が、涙のせいか撓んでいて真白はさらに慌てた。
「ほんっとにすまねえ、あ、これは俺が貰う。な? 代わりの団子を買ってくるから、ちっとばかりここで待ってな」
そう言い置いて、真白は団子を同じように包んでもらい、それとは別に二本、包まずに貰う。
「これ、団子な。詫びに、そこで一緒に食ってくれねえか」
店先の床几を指して言うと、梅千代は真白と団子を見比べて、迷った挙句に頷いた。
二人で並んで腰を下ろし、団子を齧る。
「美味いか」
「うん」
「お前さん、野田屋の花魁、白梅についてんだってな」
「うん」
「白梅は優しいかい」
団子を見つめてもくもくと咀嚼しながら、梅千代は頷いた。
「姐さんは綺麗で優しい」
「そうかい。いい姐さんにつけてもらえて良かったな」
「うん」
もぐもぐもぐもぐ。
子供なりに警戒しているのか、懐っこい様子もなく、貰った団子を食べているのも目の前で買ったのを見ていたからか、と思い至る。なかなか目端が利くようだ、と感心していると、こそりと實親が耳打ちした。
『肝心なことを聞かないうちに、食べ終わってしまうぞ』
はっとして梅千代の手元を見ると、すでに串に残った団子はひとつだけ。
これはまずい、と焦った真白は何の捻りもなく単刀直入に訊いた。
「ときにお前さん、本当の名は、りんっていうんじゃないか」
梅千代がぴたりと食べる手を止め、顔を上げる。その隣で實親が大きなため息を漏らした。
「……どうして」
まるで毛を逆立てた猫のような、あからさまな警戒。
「あ、ええと、小鉄にな、頼まれたんだ。お前さんを探してくれって」
ふ、と梅千代の目が見開く。僅かに身を乗り出して「あんちゃんに?」と問い返した。
その顔から僅かに警戒が薄れたのを見て取って、真白は内心でほっとしながら頷く。
「俺は柳原土手で古着屋を営んでる真白ってんだが、ひょんなことから小鉄と知り合ってな。まあ、ちょいと話を聞いたのよ」
「あんちゃんは元気?」
「ああ」
「良かった」
ほっとしたように頬を緩めた梅千代は、最後の団子に齧りついた。
その幼い横顔を見ながら、真白は「それでな」と切り出す。
「小鉄がお前さんに会いたいと言ってるんだが……」
梅千代は咀嚼をやめて目を丸くする。
「お前さん、小鉄に会いたいかい」
真白はやや厳しい顔で梅千代に問うた。
幼いなりに、少女は覚悟してこの吉原に連れられてきたはずだ。
だが、それでも兄妹だ。
しかもまだ幼い。
本来なら御法度だろうが、もし「会いたい」と言うなら、一肌脱ぐのもやぶさかではない。
たっぷりと考え込む梅千代を急かさず、黙って待つ。
「――――― 会いたい。でも……会えない」
その決意の滲む眼差しに、真白はやるせないものを感じながら「どうして」と問う。
「会ったら、帰りたくなる。でも、もうあたしの家は野田屋だから」
「会いたいんだろう……?」
すると、梅千代は唇を噛んで俯いた。
真白は声を潜めて、できるだけ優しい口調で訊ねる。
「こんなふうに、白梅におつかいを頼まれることは良くあるのかい」
梅千代は俯いたまま頷いて、「姐さんはここの団子が気に入りで、三日に一度は買いに来るの」と小さな声で答える。
「そりゃあ、なかなかだな」
思わず声を漏らして笑えば、梅千代も引き結んだ唇を緩めた。
「なあ、梅千代。ものは相談だがな、そのおつかいの日に、ここでちょいと小鉄と会うってのはどうだろう」
弾かれたように顔を上げた梅千代の目に、不安そうな色が過る。
實親は物言いたげな顔で真白を見ていたが、扇を口元に当てたまま黙っていた。
笑みを収めた真白は表情を引き締めて、梅千代に向き直る。
「小鉄には俺が重々言って聞かせる。りんはもうりんじゃねえ、梅千代だ。この吉原が、生きる場所なんだ、ってな」
真白を見つめる梅千代の目から、不安の色が僅かに薄れ、ほんの少しではあるが真白への信頼が顔を覗かせ始めた。
「――――― 分かった。姐さんは気紛れだから、必ず三日置きってわけじゃないし、約束はできないけど」
「ああ。それもちゃんと言っておく」
梅千代は頷いて立ち上がった。
「もう帰らなきゃ。姐さんに叱られちゃう」
「おう、またな」
駆け出そうとして、思い出したように振り返り、初めて微笑んだ。
「お団子、ありがとう」
跳ねるように駆け出した小さな背中を見送ってから、真白は気の抜けたため息を漏らして呟いた。
「……ありゃあ、白梅以上の花魁になるかもなあ……」
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