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ひょろりと背の高い男だった。
身形はそれなり。立派でもないし、薄汚くもない。けれどもどこか濁ったものを纏っているようで、近寄りがたい空気を発している。
男と目が合って思わず足を止めた小鉄だったが、男の手が妹の手と繋がれているのを見て、毛を逆立てるように威嚇した。
「誰だお前! りんを放せ!」
男は小鉄を見返し、つい、とりんに目を移す。
「誰だね、こいつは」
見た目にそぐわず、やや高い声。ざらざらと嫌な余韻の残る声だった。
答えたのはりんではなく、その後ろから顔を出した父親。
「なんだ、早かったな。もう少しかかると踏んでたんだが」
そこで男の目が父親に向けられ、それに気付いてへこへこと頭を下げながら「すいやせん」と小鉄の腕を掴んで引き寄せた。
「こいつは俺の倅でして。失礼しやした」
「ああ、この子の兄か。――――― 別れを告げておくか」
その言葉はりんに向けて。
りんはじっと小鉄を見て、泣きそうな顏なのに、無理に唇を笑みの形にした。
「あんちゃん、元気でね」
「りん!」
父親に掴まれた腕はびくともせず、男に手を引かれて去ってゆく妹を見送ることしかできなかった。
「――――― おっとうが、りんは家のために出て行ったんだって」
そこで唇を噛み、悔しそうに眉を寄せる。
泣いているせいで潰れた喉から、絞り出すように言った。
「でも俺、見たんだ。あの男が吉原に入って行くの。――――― おっとうはりんを売ったんだ」
ぎゅっ、と唇を引き結んだ小鉄は、二の腕に顔を擦りつけて涙を拭った。
真白はそっと息を吐き出し、お茶を飲み干して湯呑みを置く。
「――――― その金は、やっぱり丁半と酒か?」
小鉄は涙を拭いながら頷いた。
今度こそ、真白は大きく息を吐き出す。
何を言ってやればいいだろうか。
言葉を探してみるものの、そもそも考えることが苦手な質だ。早々に諦めて徐に小鉄の頭をぐりぐりと撫でた。
「我慢しなくていいんだ。泣いとけ」
「おっとうが、男は泣くもんじゃねえって」
ぐっ、と奥歯を噛みしめてそれ以上の涙を堪えようとする小鉄に、真白は「ははっ」と笑ってさらにその頭を掻き混ぜた。
「一丁前なことを言うじゃねえか。けどなあ、泣くのは子供の特権みてえなもんだ。泣けるときに泣いておかねえと、泣き方を忘れちまうぞ」
實親は小鉄を複雑な目で見ていた。
無表情のように見えて、その目の奥には憐憫の情が見て取れる。
だが、思い出したように、小鉄を諭す真白の優しい横顔に目を移し、目元を和らげた。
『――――― 泣き方を忘れてしまう、か……』
扇の陰でぽつりと零れた呟きは、真白の耳には届かなかった。
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