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桔梗 二
あの後、蔦が蒸かした芋を持って来て、それも平らげた小鉄は泣いていたのが嘘のように笑顔で帰って行った。
小糠雨は止む気配を見せず、どんよりとした雲の下、神田川沿いに揺れる柳も余計に項垂れて見える。
「やれやれ、辛気臭えな」
見栄えのする着物を入れ替えて陳列しながらぼやくと、塵払いを忙しなく動かしていた蔦が手を止めないまま言った。
「今日は棒手振りもあんまり通らないね。こんな鬱陶しい雨じゃ、出る気も失せるってもんだよ」
「違えねえ」
頷いてふと首を巡らせると、開け放った戸口の側に佇んだ實親がぼんやりと雨を眺めている。
珍しいこともあるものだ、としばらくその整った横顔を眺めていたが、いつになく物憂げな様子が気になり、真白は傘を手に戸口に立った。
「おう、お蔦。ちょっくら柳森神社に行ってくらあ」
「たった今出たくないって話をしてたってのに」
蔦は呆れたように呟きながらも目を向けて、それでも「はいはい、気を付けて」と送り出した。
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