桔梗 二

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「おたぬきさん」の通称を持つ柳森神社は稲荷であるが、狐の他に狸が祀られているためにそう呼ばれている。  故に稲荷らしく商売繁盛と共に、「狸」から「他を抜く」として立身出世のご利益もあると、夫や息子の出世を願って参拝する女性たちで溢れている。  だがこの日は降り続ける雨のせいか、いつもは参拝客で賑わう境内も人影はまばら。  手水舎(ちょうずや)で手と口を清めて本殿へ向かい、いつものように参拝を済ませた真白は、ちょうど人がいないのをこれ幸いと、雨宿りの態で腕を組み庇越しに雨を見上げた。 「――――― 何か、気に病むことでもあるのかい」  やはりぼんやりと雨を眺めていた實親は、思い出したように目を瞬かせて真白に目を向けた。 『……私か?』 「他に誰がいるってんだ」 『確かに』 「小鉄の妹の話を聞いた辺りから、どうも様子がおかしいと思ってな」  その言葉に、實親は目を丸くして真白を見た。 『驚いた。君にしては珍しく人のことを見ていたな』 「てやんでえ。こちとら客商売よ。こう見えてちゃんと見てらあ」  腕を組んで反論する真白を見返して口の端で笑うと、『悪かった』と()して悪いとも思っていなさそうな口調で言い、目を雨へと戻した。 『――――― 私にもいたんだ。妹が』  真白は僅かに目を瞠り、「へえ」と声を漏らす。 「そういや、お公家さんの家族のことなんざ聞いたことがなかったな」 『語る必要もなかったからな』 「まあ、そうだな。ははあ、そうか。お公家さんは同じく妹を持つ身として、小鉄が不憫だと思ったわけか」 『――――― 当たらずとも遠からず、かな』 「なんでえ、どういうことだい」  實親は物憂げに目を伏せ、閉じた扇の下で静かに口を開く。 『……私は、妹を護るために、数珠に住まうことを選んだのだ』  静かでありながら、苦く噛み締めるような言い様に、真白は目を大きくして實親を見返した。
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