18.***悪意***

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18.***悪意***

 地祇(ちぎ)の力が満ちる地上で、天津神たる月詠(つくよみ)の力が強くなる初秋の兎を仰ぐ。女神が口にした『金紫(きんし)水元(みなもと)』という言葉の意味を紐解いて、アカリの前に並べた。 「オレが知る限り、金と紫を持つ者は瑠璃(るり)姫だけ。糸は血筋を繋ぐ女性を示すため、『きんし』という発音は金の糸となる。やはり瑠璃姫だと考えるのが妥当だ。しかも原因を水元と読み替えたなら、水は女性の隠語だな。恨みの(みなもと)は女だが、彼女ではない」  源となった女性が、瑠璃姫を妬んだのだろう。帝に愛される姫という立場、外に姿を見せぬながらに伝えられ褒め称えられる美貌、皇家の高貴な血筋を引き継ぐ器。すべてが妬まれ、羨ましがられる要素となり得た。だから『瑠璃姫が騒動の源』と月詠姫が指摘したのは正しい。  何らかの方法で蛇神(へびがみ)邪神(じゃしん)に読み換えた。(じゃ)(じゃ)に置き換えられ、堕とされ(けが)された神の呪詛は瑠璃へ向かうだろう。 「水の元……足元か?」  水が溜まる場所は常に下だ。雨が上から降って地面で川になるように、地下に染みて大地を潤すように。それは天地の(ことわり)だった。 「金の娘は守護が強い。元の主であるお方の加護がある」  天照大神が加護を与えた姫に、国津神の呪詛はまだ届いていなかった。この時期は太陽より月が強くなる季節だ。徐々に昼が短くなり、夜が長くなるため、光と影の力関係が逆転する。 「やっぱり、呪詛の方向を捻じ曲げるしかないか」  それ故に、糺尾(くおん)藍人(あいと)を選ぶ必要があった。神族の器が呪詛を取り込むわけにいかぬので、アカリは最初に除外される。同様の理由で人形(ひとがた)を持たぬ神性の式神2人と守護者達も選べなかった。残るのは、真桜(しおう)本人と子供達だけ。  糺尾は九尾の子だが、まだ尻尾は1本だ。そのため妖力をもつ子狐レベルの実力しか持たない。器として使うには()()()()。呪詛を受け入れて抵抗する間もなく食い荒らされてしまえば、依代(よりしろ)としての価値がないのだ。  白い子狐姿の糺尾を抱っこした白い子供が、少し離れた場所で月見をしていた。あと少しで夜が明ける時間だが、眠れないのだろう。咎める気もないし、しばらく物忌みで閉じこもる予定なので、自由にさせておいた。  昼間に寝ていても咎めるような者もいない。  今回の乳母は呪詛の仕掛け人ではなく、蛇神を操る手駒として殺されたのだろう。蛇神は直接人に呪力を向けることができないため、必ず手足となる存在を用意する必要があった。その手足となる霊を用意した敵の悪意に眉をひそめる。  都一の陰陽師である真桜の元に弟子入りした『帝の遠縁である少年』を、最終的に蛇神の器として考えたのだ。真桜が動けば、弟子を依代として使うと踏んだ。ならば、その弟子が依代の役目を果たせなくなるほど動揺させて、恨みに身を堕とす存在を手足とすればよい。  理屈は理解できる。神族として、効率を優先して考えるなら最適の選択だった。アカリは思い入れがない子供を犠牲にする方法でも、必要ならば躊躇わない。しかし人の心があれば、それは悲鳴をあげて邪魔をする。 「迷っておるのか?」  ごろんと寝転がった真桜に苦笑いしたアカリが呟く。役目と納得する反面、藍人の心が傷つくと知りながら他の手段を用意できない自分への歯がゆさが溜め息となった。 「いや、他にないからな」  迷うには、別の手段を選ぶ余地が残されていなければならない。ひとつしか手段がない場合、迷う権利はなかった。  青紫の瞳を細めて夜空の星を睨みつけ、真桜は覚悟を決めた。
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