7.***星詠***

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7.***星詠***

 二日酔いを物忌みと読み替えて仕事をさぼった真桜は、夕方になってようやく復活した。初夏に向かう梅雨の季節は空が雲に覆われている。昼間でも星読みはできるが、やはり夜の方が精度は上がるのだ。  夜空が澄み渡る深夜まで待ったが、星や月は見えなかった。先に昼寝をさせた子供達を縁側に残し、アカリと藤姫を付ける。代わりに護衛を申し出た式神2人を連れた真桜が、不満そうに唸った。 「うーん、雲ってるけど仕方ない」  この季節は数日待っても晴れ間が覗く保証はない。庭の一角に作った祭壇の前へ、真桜は素足で降り立った。大地を祀る国津神の末裔は、その場に座り込む。狩衣が汚れるのを気にせず、そのまま呼吸を整えて目を伏せた。 「師匠は星読みをなさるのですよね?」  藍人の疑問は当然だろう。星読みならば空を見上げると思うのが一般的だった。しかし真桜が読み解くのは、星の流れだ。それは月の影響と同じく、水や大地に影響するものであり、星が見えない季節は大地から読み解くのが彼の手法でもあった。 「見ていればわかる」  子狐だった子供の手を引いた藍人は、アカリの突き放した言葉に頷く。目の前で起きる出来事を見落とさぬよう、視線を真桜の背に向けた。長い茶色の髪が背を覆い、腰まで届く髪は大地に触れる。風が吹いて、髪が一部巻き上げられた。 ≪ひ、ふ、み、よ、いつ、む、なな、や、ここのたり……ふるえ、ゆらとふるえ≫  陰陽道の手順に(のっと)って、九字を切る。りんと空気が澄み渡り、周囲の温度が下がったような感覚をもたらした。霊力の高まりに、真桜の髪が舞い上がる。  水の中に漂うような柔らかな動きで舞う髪は、神の意志に通じる。ゆっくり静かにすべての息を吐き出して、目を開いた真桜の瞳は青紫より少し濃色だった。  神懸(かみがか)りと呼ばれる状態を保ちながら、左手首を掲げる。九字を切った右手の人差し指と中指を刀に見立て、左手のひらに横一文字を引いた。真っ赤な線が残る。 「ししょ……っ」 「邪魔はするな。域が乱れる」  ケガをしたと思った藍人が動こうとしたが、アカリが無造作に遮った。実際に彼が庭に下りることはできなかっただろう。真桜を守る形で背を向ける華炎と華守流が控えている。息が乱れ、域を乱されれば、守護者である黒葉や藤姫も動くはずだ。 『藍人、座って息を整えなさい。そちらの吾子も』  藤姫が藍人の裾を引く。素直に座った藍人の隣に、きょとんとした顔の子狐が座った。白髪と黒髪という対照的な姿は対として用意された人形のように、似通った雰囲気を放つ。 ≪名を()み、名と読む。()に黄泉を呼び寄せよ≫  呟く声色は高く低く、まるで歌うように空気を振動させる。高まる霊力に、藍人は息をのんだ。これほどの霊力を浴びたことはない。恐怖に近い感覚で、繋いだ子狐の手を強く握った。鎮守社たる屋敷に張った結界の中が霊力の渦に満たされていく。  澄んだ空気の中に、リンと音が響いた。星屑が降りてくるように注がれる光は幻想的で、藍人は呼吸すら忘れて見入る。意識のすべてが目に集中して、他に何も感じなくなるほど引き込まれた。 『藍人……持っていかれますよ』  苦笑いした藤姫が藍人の目を、そっと手で覆った。視界を遮られて、ひゅっと呼吸音が喉を傷つける。呼吸を思い出した藍人の身体は丸まって咳き込み、落ち着いた時には隣の子狐が庭に下りていた。怖がる様子もなく、降り注ぐ光を浴びてにこにこと笑顔を振りまく。 「ふむ……どちらも当たりだ」  値踏みするアカリの呟きは、2人の子供達のどちらも素質があると匂わせる。感度が高すぎて霊力に()てられて魅入られた藍人も、妖の本性ゆえに光に惹かれて踊る子狐も……双方とも鎮守神の要石に相応しい。 「……アカリ」  疲れた声で呟く真桜が手を差し出し、同様に裸足で地を踏む神様が近づいた。 「決まったか?」 「読み替えろとさ」  苦笑いした真桜はアカリの白い手を握り、優雅に立ち上がった。まだふらつく足を戒めるように、真桜は両足で大地を掴む。見上げた空はまだ、厚い雲に覆われたままだった。
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