ラブソングが歌えない

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 今日のハルトも最高だったな、と相方の市ノ谷シュンが茶化す。コンサート後の楽屋で二人揃ってストレッチをしていた。ドームコンサートともなるとコンサート中に走り回る距離が半端ない。明日に疲れを残さないためにもストレッチは念入りにする必要がある。 「オレはいつだって最高だから」 「抱き方も知らないくせにな」  うるさい、とハルトはシュンの頭を首からかけていたタオルで叩く。大体シュンは女遊びが酷い。うまいこと週刊誌やネットニュースに載らないようにかわしているが、ハルトはシュンがいつも女の子と連絡を取り合っていて、たまにデートしてることを知っていた。  証拠にシュンが書く歌詞は甘酸っぱいラブソングばかりだ。 「特定の女の子と遊んでいたらハニーたちが悲しむぞ」 「推してるアイドルが童貞だと知ってもハニーは悲しむと思うけどね」  さらりと破廉恥なことを言うものだからハルトは赤面した。  シュンが書く歌をハルトはうまく歌えない。 『愛したい、愛されたい、愛してる』  そんな恥ずかしい科白は主演した少女漫画原作のドラマでくらいしか言ったことがない。リアルで言う機会があるとしたらその人の人生は月9で放送できる。知りもしない感情をなぞり、甘い愛の言葉をハニーに届ける。ちぐはぐだけれど恋愛の許されないアイドルという職業をしている時点で不可能なのかも知れない。  なんだか、悲しくなってきた。 「あー、せめてデートくらいしてみたい!」  両腕を伸ばして仰向けに倒れる。ヨガマットのゴム臭さが鼻についた。 「ハルトくんもお年頃ですね」  寝転がるハルトの顔を下島さんが覗き込む。下島さんはハルトとシュンのユニット「プレシャスボーイズ」のマネージャーだ。短く刈り込んだ髪にシルバーの眼鏡が神経質な印象を与えるが、実際は温厚で情熱的。そしてハルトとシュンの親代わりみたいな人だ。 「しもじー、オレこのまま一生、その、どう……ううん、恋愛経験なしなのかな」  シュンが横で吹き出す。 「マネージャーとしては恋愛してもいい、とは言いづらいですね。けど――」 「けど?」 「親心としては人生経験積んで欲しい、とは思います」  人生経験かー、とハルトは大きく溜息をつく。人として何か足りないまま死んでいくのは嫌だと思う。アイドルをしていて得たものは多い。幼き頃から憧れた世界のトップを走り続けている。五大ドームツアーも行い、ビルボードチャートでも全世界一位を獲得。順風満帆な芸能生活だ。それなのに満たされないなんてなんと強欲なのだろう。 「はーあ、アイドルやめたくはないけど人間やめるのも嫌だな」 「ハルトくんは大げさだなあ」と下島さんが苦笑する。けどハルトにとってはとてもとても重要なことだった。  愛を知らずにどうやってラブソングを歌えって言うんだ。 「じゃあさ」とシュンが切り出す。 「オレとデートするか?」 「はあああ? シュンと? なんで?」 「なんでって、ハルトは嘘が下手だから女の子とデートしたら一発で文秋に撮られるだろ?」  馬鹿にすんな、と意気込んだものの、否定できない気がして尻すぼみになる。 「下島さん、明日ってオフですよね」  そうですよ、と下島さんが手帳を確認する。 「ということでハルト、明日はオレとデートな」 「えー」 「えーじゃない。もしかして『国民的彼氏』の山崎ハルトくんはデート童貞なのかな?」 「馬鹿言え。いいよ、最高のデートをオレがしてやる」 「じゃあ、明日の午前零時時まではオレたちは恋人同士ってことで」 「望むところだ」  後ろで下島さんが笑っていたが、ハルトは至って真面目だった。
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