第10話 惨事✔︎

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第10話 惨事✔︎

「か…いたに……」  太くて長い逸物を僕に押入れた人物は、まさかの甲斐谷だった。 「誠…誠、ごめん、誠…」  僕の名前を呼びながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。 「い…いやだ、いやだ、どけよ!!」  甲斐谷のデカい身体を押し退けようとするも、頭がパニクっていて力が入らず、簡単に両手を押さえられてしまった。  所長にはまだ数回しか抱かれていないが、形が違うのが分かる。所長では当たらないところまで入って来る。 「やめろ…いやだ…甲斐谷っ!!」 「誠は、オレのことは嫌いか? 所長のことが好きなんか⁈」  そんなわけない。  所長なんて好きなはずがない。むしろ甲斐谷のこの腕に抱かれたいと思っていた。でも、僕が望んだのはこういうのじゃない、こんな…ハメみたいなこと、望んでない。  錯乱する頭を振り整え、必死で現状を理解しようとした。が、止まない抽送が思考を鈍くさせる。 「…かいたに…たのむ…止まって……」 「誠…ごめん…無理や…止まられへん…」  何で僕は今、甲斐谷に抱かれているんだ? わけがわからない。 「なんで…こんな…あっあっあっ…いや…」  両手を押さえつけられ、足を拡げられて、揺らされて…時折、甲斐谷の柔らかい前髪が顔に届くと、降ってくる彼のシャンプーの匂いに包まれて心が踊ってしまう。 「誠…可愛い……なんでや……いつから所長なんかと……」 「うぁ…あっ、あっ、や…やめ……」  尋問しながら、責め立てるように奥の奥まで突き入れてくる。それを歓喜に震えて絡みつく自分の内臓に反吐が出る。所長に初めて犯されたのが数日前…それを告げたところで過去も未来も変わらない。  僕に帰る家は無い。訓練士になるしかないんだ。その為に所長に取り入った今、後戻りする気は無い。甲斐谷のことは好きだが、所長との関係は変わらない。変えられない。なら、甲斐谷との関係は…面倒なだけだ。 「かい…たに…どけよ…どけよぉっ!!」  力一杯抵抗したが、体重で20kgほど差がある上、疲れていて力が入らず、完全に組み敷かれていた。 「所長のどこが好きなんや⁈ なぁ、オレやったらアカンのか? 妙に色気があると思ってたら、所長と…あんな………」 「…見た…のか…」  見られてた? いつから? なんで? こんな時間に所長室になんて誰も来るはず無いのに… 「所長にお前を呼びに行くよう頼まれた時、いつも時間を忘れて話を長引かせてしまうから23時に誠を迎えに来てやってくれって言われてた。窓から見てビックリしたよ。でも所長が手招きで「入れ」って…」 762735f1-50bb-45b7-9a09-a99d46240572  そういえば、ここのドアは静かだった。それでも普段なら気付いていただろうけど、自分の声と椅子の軋みで聞こえなかったのか。  いや、それよりも、問題は所長が甲斐谷を呼んでいたことだ。明らかに、僕との情事を見せる為に呼んだのが分かる。さらには所長室に招き入れ、間近で僕が乱れる様を見せつけ、挙句に甲斐谷用にローションとゴムを置いて行った…僕を抱かせる為に。  23歳の甲斐谷が自制出来るか試したのか、それとも僕が喜ぶとでも思ったのか? あのオッサンの感覚は常人離れしていて理解出来ない。 「も……やだ……」  甲斐谷に見られた…それだけで死にたい。その甲斐谷に、さらにこんな……  もう、全てがどうでもよく思えてくる。暗闇に目が慣れ、必死で腰を振る彼の影が見えると、急に胸の奥で何かが冷たく凍り付いていった。 「甲斐谷…手が…痛い……」  押さえ付けられている手が、血の気が引き痺れてきた。僕の言葉など信じてもらえるか分からなかったが、とりあえず伝えてみる。甲斐谷は慌てて手を離してくれた。自由になった腕を甲斐谷の首に回し、その頭を引き寄せると、精一杯の甘い声で挑発した。 「自制心ってものが無いのか、サル。さっさと出して終わりやがれ、クソが」 effba1d8-58cb-4547-95a3-450165741a23  腕を緩め頭が離れる瞬間、甲斐谷の顔が歪むのが見え、すぐに強い衝撃が襲った。 「あー、あー…あっあっあっあっ、あー!」  銃弾のように鋭く熱い撃ち込みに、仰け反り思わず悲鳴が口を突く。  鯉のように大きく口を開き空気を集め、力の入らない指を甲斐谷の背に回す。内臓の一番奥まで届くそれを、僕の身体が逃すまいと吸い付く。甲斐谷が出て行く時に全身が引っ張られるように絡みつく。  声を押さえられないでいると、甲斐谷がキスで僕の口を塞いだ。ふわふわの生クリームのようなキス。気持ち良くて、物足りなくて、ずっとこうしていたいと舌を重ねて唾液を絡めて…気付いてしまった。  優しいキス。  心臓がズシリと重くなる。途端に、キスだけじゃなく、抱き方全てに優しさを感じた。僕の反応を見て、感じるところに引っ掛けてくる。僕が煽った直後以外は、ずっと甲斐谷の愛に包まれていたのかもしれない。  甲斐谷は僕に惚れてる…そう直感した。  ヤバい。  ヤバい、ヤバい。  もしそんなことが所長にバレたら…いや、もう既に勘付かれているかもしれない。最悪だ、お互いの気持ちを知られたら、何をされるか分かったもんじゃない。  僕は甲斐谷への気持ちを隠し通さなくてはいけない。いっそこの気持ちを消してしまおう。  最初で最後の好いた相手とのセックス。  僕が所長の膝の上で善がる様を間近で見なければ…もし甲斐谷と普通に恋愛していたら、ノーマルの甲斐谷は、男の僕相手には勃たなかったかもしれない。  所長はそこまで考えてお膳立てをしたのだろうか? そしてそれを、僕が最初で最後だと受け入れるまで所長の想定内なのだろうか…。  僕は所長の手のひらで転がされているだけか。  甲斐谷への気持ちが無ければ、こんな事にはならなかったのか。  ソファの上で温かい身体に包まれるように揺らされながら、身体のぶつかる音を聞いていると、窓の外にユラリと人影が覗いた。 「しょ…ちょ……」  僕が甲斐谷に抱かれているのを確認すると、口元に薄ら笑いを浮かべてすぐに視界から消えた。 「オレが抱いてても呼ぶほど…そんなに所長が好きなんか…。オレが割り込む余地は全く無いんか?」  何かを勘違いした甲斐谷は、誤解したままピストンのリズムを早めた。それでいい。勘違いしててくれ。僕は甲斐谷を好きじゃない、所長の犬で良い。  奥の奥まで突き崩され、ガタガタになった腰がわななく。 「あっあっあっあっあっ…ん、んんー!」  爪先から心臓へ電流が走り、身体がしばし硬直する。止まないピストン運動に耐え、甲斐谷の背に爪を立た。 「かいたに…かいたに…かいた…にっ!!」 「誠、誠…うっ…!」  腹奥に熱いほとばしりを感じると、ズシリと重い身体が落ちてきた。  肩で息をする甲斐谷の吐息が耳に届く。このまま甘くキスをして、繋がったまま未来の話をしたい。でも残念ながら、そんな選択肢は僕の人生には無かった。 「どけよ…僕の中から出て行け!」  重い身体を押し退けると、僕はソファからドスンと落ちた。 「大丈夫か、誠!」  咄嗟に出た甲斐谷の手を振り払い、よたよたとズボンに足を入れ、ジャケットの前を閉める。 「二度と…僕に触れるなっ……」  茫然自失の甲斐谷にわざと冷たく言い放ち、事務机の上のタオルを手に取り、力の入らない足に鞭打って部屋へ戻った。
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