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第18話 挑発
翌朝。
いつもはなかなか頭が覚醒せず、起きるのが苦手な僕だが、今朝は何故かスッキリ起きる事が出来た。
昨夜は"夜勤"だったが…所長が甲斐谷を躾てくれたおかげで、身体的な負担は少なかったからか。それとも気持ち良く処理出来たからか。
目覚まし時計を見ると、7時半。今日も昼出で良いと言われていたが、まだ今ならギリギリ朝から間に合う。
歯磨きを済ませると、訓練着に着替えて母屋へ行った。
外に出ると、雨上がりの湿度の高い空気を、春風がうねらせる。昨夜の大雨でまだグランドが濡れていた。ここのグランドは水捌けが良いから大した問題ではないが、濡れた地面を歩いた犬に飛び付かれると訓練着がバウ柄になってしまう。
母屋のリビングに行くと皆は朝食を食べ終わって、犬の朝食準備に取り掛かるところだった。
「あれ、誠、今日は昼出とちゃうんか?」
柏木先輩が心配そうに僕を見た。
「目が覚めたので…」
苦笑する僕に林さんが今日の予定を告げる。
「午後から8日前に産まれたスタンダードプードルの子犬の尻尾切りに行くから、誠と甲斐谷は同伴な」
「…はい。…あ、朝食いただいたらすぐ行きます」
林さんと柏木先輩が靴を履いて出て行くのを待っていたのか、2人が居なくなると甲斐谷が後ろから耳元に話かけてきた。
「おは…身体、大丈夫か?」
耳に息がかかって、ビックリして振り返ると肩がぶつかった。
「!…ごめん。お…はよう」
体温を感じるほどの距離に、昨日の事を思い出す。見ちゃダメだ、見ちゃダメだ、淫乱かよと思いつつ、甲斐谷のアソコを咥えたのかと思うと、視線が引き寄せられてしまった。
それを見て甲斐谷がニヤリと笑う。
「イ・ン・ラ・ン」
ですよねぇ、今自分でもそう思った。
でも甲斐谷だって同類だ。所長と僕の"夜勤"に参加すると決めたんだから。
僕は甲斐谷の首に腕を回すと、首筋におはようのキスをしてやった。もう彼に何て思われようが構わない。これ以上最悪な状況なんて無い。甲斐谷の匂いはやっぱり、僕の胸の奥をギュウと締め付けた。
「僕は次の3Pが楽しみだよ」
呆気に取られている甲斐谷を置いてキッチンへ。茶碗に白米と、残り少ない味噌汁をよそい、ラップをかけて盆に乗せられていた塩ジャケと生卵と海苔を持ってリビングに戻ると、甲斐谷の姿はもう無かった。
急いでそれらを口に流し込み、食べた跡を片付けて合流。何とか犬の朝業務に間に合った。
昼前、林さんに呼ばれて母屋へ。玄関にバリケン300を用意して、両手を消毒してから、入った事の無い部屋の前に行くと、中から大型犬の吠え声が聞こえた。林さんが僕に部屋の外で待つように言う。
「スタンプーの子犬を連れて来るから、玄関のバリケンに入れてくれる? 母犬は人見知りで神経質やから、母犬との面会はまた後日ね〜」
林さんが入室する時にちらりと見えた室内は、和室を改造したようで土間になっていた。掃き出し窓の向こう側にはフェンスがあり、洗濯機の奥と同じ景色が広がっている。隔離スペースになっているようで、林さんはそこに母犬の白い丸刈りのスタンプーを放牧した。
そしてすぐ、林さんは子犬を2頭連れて来た。大きさも重さも、500mlのペットボトルくらいだ。まだ目も開かずにうごめくそれらを、僕は両手で受け取ると玄関に運んだ。
まだ赤ちゃんなのに、想像以上に力強い。ギュッと持つわけにもいかないので、クネクネと暴れられると落としてしまいそうだ。
ミューミューと鳴くクリーム色子犬をバリケンに入れ、扉を閉めると、また林さんの元に戻った。
「全部で8頭居てるんやけど、今日は4頭だけ連れて行くわ。残りは明日。ハイ、落としたらアカンで」
林さんが母犬を部屋に戻している間に、追加で受け取った2頭をバリケンに入れる。毛布に埋もれてミューミュー鳴く姿はまだ犬らしくなく、デカいモグラみたいだ。
それから林さんの指示でバリケンを送迎車に乗せ、甲斐谷と3人で動物病院へ向かった。
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