507人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
第19話 断尾
動物病院につくと、診察時間外だというのに、白衣を着た30代に見える男性獣医師が出迎えてくれた。馴染みの先生なのか、林さんは親しげに挨拶をすると、バリケンを降ろし、裏口から手術室に入った。
「3分の1で良いのかな? 狼爪も取る?」
手術道具を準備しながら、獣医師が林さんに確認した。
「はい、それでお願いします。誠は、バリの中の子犬見てて。甲斐谷は子犬を保定して、あんた手デカいから」
診察台の上に1頭づつ乗せ、獣医師は健康確認をすると、甲斐谷に子犬を押さえつけるよう指示した。
動けなくてピーピーと鳴く子犬の手を取り、爪切りのような道具で前足内側の指を切り落とす。切られた瞬間、子犬は大きな声で悲鳴をあげた。獣医師はそれを無視して淡々と傷口を縫い合わせる。
「はい、狼爪完了。次、尻尾。しっかり押さえてて」
獣医師は小さなバリカンで尻尾の毛を剃ると、尾先3分の1をハサミのような器具で切り落とした。また子犬が悲鳴をあげる。そして細いペンチのような器具で尻尾の骨をえぐり取ると、皮膚を縫合した。
可哀想な子犬は、骨をえぐり取られる痛みで疲れ果てたのか、微かに震えてグッタリしてしまっていた。
「小さいのに凄い力で暴れるんですね」と甲斐谷。
「骨1個抜かんと、傷口が治っても骨が出て来るからね」
僕だったら押さえつけている手を離してしまっていたかもしれない。
「これは…必要なんですか?」
聞いてはいけない質問をしてしまったかと思いきや、獣医師は笑って説明してくれた。
「絶対必要では無いけど、プードルは切っとかんと売れ難いよね。まぁでも、この時期に処置しておけば覚えてないし、3日もすれば元気になるから。大丈夫、大丈夫」
4頭の処置が終わる頃には1時間以上経っていた。来るときは元気にモゾモゾしていた子犬達が、今は4頭ともグッタリしている。
喉元過ぎれば…
今の僕もそうなのか? 僕はこんな赤ん坊じゃないから忘れることは出来なくても、いつか…いつか今の日々を乗り越えられる日が来るのだろうか。
前足の両親指と尻尾の先3分の1を失った虫の息の子犬を抱え、所長の待つ訓練所へ帰った。
道中、林さんに明日も来たいか聞かれたが、丁重にお断りした。
その日の夜。
甲斐谷が風呂上がりを伝えに来たあと、洗濯する服を持って部屋を出た。洗濯機を回している間にシャワーを浴びて、出て来たら洗い終わっている計算だ。干して眠れば、朝には乾いているだろう。
洗濯機に洗い物を放り込んで洗剤を入れ、ボタンを押そうとしたら、後ろから足音が聞こえて抱きしめられた。甲斐谷だ。
「何?」
無反応を装って、そのままボタンを押す。首筋にキスをされ心臓のリズムが急に早くなるのを感じながら、気取られたくなくて、スルリと腕から抜け出した。が、逃げたのが金網側で…気付いたら逃げ道を塞がれてしまった。
水を溜める音が響く洗濯機の横で、にじり寄る甲斐谷と金網に挟まれ再び捕まる。密着させてくる甲斐谷の股間は硬くなっていた。
「誠…オレは、どうすればいいんや?」
「な…んの話だよっ」
月明かりの下で、硬くなった肉棒を僕の股間にグリグリと押し付け、耳元で囁かれると、僕の股間も熱を帯び始める。
「目を開くと、お前を探してしまう。お前を見つけると、目が離せやんくなる。お前が誰かと喋ってると、引き剥がしたくなる」
あー…典型的な恋の病ってヤツですね。医者も、それは治せない。でも、まだ出会って間もないのに、何でそんなに症状が進んでるんだよ。特に甲斐谷に惚れられるようなこと何もしてない…
「お前のエロい顔が頭から離れへん…」
そこですか、そうですか。恋の病の初期にショック療法で重症化しちゃった的な?
「そんなに好きなのに苗字で呼ぶんだ」
所長と同じ呼び方で呼ばれたくなくて、下の名前で呼ぶよう促してみる。が、思惑通りには行かなかった。
「一色の方が苗字みたいでよそよそしい感じがする、誠って呼んでいたい」
「あっそ。溜まってるなら抜いてやろうか?」
わざと冷たく言ったが、のぼせ上がっている甲斐谷には全く通じなかった。
「キスがしたい。誠の恋人になりたい」
「所長が言ってただろ…譲る気は無いって。しつこいとクビになるぞ。所長と一緒になって僕をヤるって決めたくせに…」
「ちがう、あれは……所長を監視するためや…」
……もう、嫌だ。
なんだって甲斐谷は、こうも僕の心をかき乱す? エロい僕を見て、ヤりたくなっただけじゃないのかよ。
水を溜め終わった洗濯機がウィンウィンと唸り始める。振り回される水音の中、甲斐谷は僕を口説き続けた。
「誠は太陽の匂いがする……お互い一人前になったら、一緒に犬を連れて河原を散歩したい。お互いお客さんの犬で、仕事の合間にちょっと息抜きデートとか」
そんな夢物語、今の僕には遠過ぎて想像も出来ないね。
「僕は今日のプードルの子犬と同じだよ。指を切られようが、骨を抜かれようが、逃げられない。そして僕を押さえつけているのは、お前だ甲斐谷」
現実を突き付けると、甲斐谷は悲しく笑った後、乱暴に僕のズボンを下ろした。
「所長にコンドームとアナル用のジェルを貰ったからここで使たるわ。洗濯機使用中は誰も来やんしな」
そう、甲斐谷はそうやって僕を虐めていればいい。優しくされると1000倍辛い。
「準備して来ようか?」
ぶっきらぼうに言うと、
「そんなん気にするようじゃ動物を扱う仕事なんか出来へん」
と、所長と同じことを言った。
騒音を撒き散らしている洗濯機の横で、金網に僕を押し付けて突きまくる甲斐谷にしがみつく。
もう二度と、恋なんてしないと心に決めて…。
最初のコメントを投稿しよう!