第7話 妥協

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第7話 妥協

 行為が終わると、所長は用意してあったタオルで僕を綺麗に拭いてくれた。異常に強引で、一昨日のような縛ってレイプなんて完全に犯罪行為だが…それさえ目をつぶれば、僕にとっては使えるディルドである事は確かだ。  所長は僕というオナホを自由にしかっただけで、痛めつけることが目的のレイプじゃなかった。今も行為前に脱がせて畳んでいた服を着せてくれている。 「ケツは痛ないか?」 「…はぃ」  満足気に目を細める所長を見て、ディルドとして使ってやっても良いかなという気になってくる。甲斐谷の存在は不安要素でしかないが…あれは甲斐谷の名前を出せば、僕が反応するから言っただけだろう。 「所長…」 「ん?」 「僕のディルドになりたいんですか?」  わざと煽るが、さすが年の功は落ち着いていた。 「そやそや、分かってもらえたか! お互いにメリットは多いはずや。誠君は、こんなオッサンの相手は嫌やろうけどな…その分は、仕事の方でしっかり依怙贔屓したるさかい。ワシの技術の全てを叩き込んで一流に育てたるで」  僕が甲斐谷に思いを寄せたところで、告白など出来る筈も無い。同性相手に簡単には告白なんて出来ない。  叶わぬ恋をするくらいなら、割り切って性処理をした方が良いじゃないか。メリットもありそうだし。  本音を言えばそんな関係は望んではいないが…どうしてもゲイという壁が世界を隔てる。  普通は拒否る。  受け入れてなんてもらえない。ましてや好きな人とのセックスなんて…そんな奇跡が僕に起こるはず無い。  訓練所までの帰りの車中、僕はそうやって自分を説得した。これは合理的な性処理対策であって、決して身売りなどではないのだ…と。  訓練所に帰るとシャワーを勧められたが、所長との関係を甲斐谷だけでなく他のスタッフにも知られるわけにはいかないので、怪しまれる行動は避けることにした。  所長の見回りに同行した(てい)で、何食わぬ顔で仕事に戻る。下半身に違和感と疲れはあるが、仕事に支障は無い。というかむしろしっかり発散した後なので、甲斐谷に触れられたら勃ってしまうかもという不安が無いのは有り難かった。  林さんに呼ばれて行くと、大量の犬用のオモチャが流し台に積まれていた。 「誠君、私ちょっと洗濯してくるから、これ洗ってそこの台に並べといてくれる?」 「はい。あの…遅くなってすいません」  途中で抜けた事を詫びると、すれ違い様に彼女は少し立ち止まった。 「……所長の長話に付き合うのは大変やろ? それで辞めた子も居るから」 「はぁ……」  確かに所長はベラベラと饒舌だ。だが…長話に付き合わされて辞めたわけでないことは、僕にはすぐに分かった。前にも居たのか。  そして林さんは洗濯に行った。犬を洗う為に使ったタオルなどを洗って干すために。去り際に「ありがとう」と聞こえた気がした。  もしかしたら、林さんは知っているのかもしれない。そして[長話]に付き合わされるのは、僕が居なければ彼女だったのかも。だから礼を言われたのか?  バカバカしい。彼女は「犬のオモチャを洗う仕事を代わってくれてありがとう」と言っただけだ。余計なことは考えないようにしよう。  ビニール製のオモチャの数々をスポンジで丁寧に洗って、犬の唾液による滑りを取ると、古くなって使われなくなったトリミング台の上に並べた。 「帰ってたんか…」  後ろから声をかけられ振り向くと、甲斐谷が虎鉄(こてつ)を連れて来た。 「虎鉄……今まで訓練してたの?」 「まさか。あれからちょっと慣らして犬舎に戻して、今もう1回出して来たとこや。お前が居てへんから出すのに手こずったわ。あ…こら、虎鉄!」 「え……わ…!」  虎鉄が急に飛び付いて来て、オモチャを並べたトリミング台に寄りかかっだが…予想外に台の足がグラグラで虎鉄の足を踏みそうになり、虎鉄を避けようとしてさらにバランスを崩したところを、甲斐谷に支えられた。 「大丈夫か⁈ 悪い、オレが気ぃ抜けてた…」 「……虎鉄を踏まなくて良かった」  僕の足元で尻尾を振っている虎鉄を見て、ホッと胸を撫で下ろした。  ただでさえ人間不信の虎鉄に、少し心を許した人間に飛び付いたら踏まれた…なんて経験をさせてしまうところだった。もし踏んでいれば、さらに人間不信に陥っていたかも。  虎鉄に嫌われなくて良かったと安心すると同時に、しがみ付いてしまった甲斐谷との密着状態に我に返った。 「あ…ごめん」  支えられたまま立ち上がると、不意に耳元で甲斐谷の呼吸音が聞こえた。所長との事後にシャワーを浴びていないことを思い出し、汗の臭いが気になって恥ずかしくなった。 「誠ってなんか、えぇ匂いするな…」 「…⁈」  ただの汗じゃない…ヤッた後の汗を……着替えだけでもすれば良かった。  急に顔が熱くなった。きっと今、僕の顔は真っ赤だ。甲斐谷に見られないように俯くが、耳までは隠せない。 「誠? お前、昼から調子悪そうやけど、ホンマに大丈夫か?」  甲斐谷が覗き込むも、火に油。手で顔を隠そうとするも、甲斐谷に腕を掴まれ、横を向くしかなくなった。  その15mほど先に、所長が居た。 3010c0bb-9cc3-400a-b9ee-32a537ba2ea8  母屋から所長室への通路を、こちらを見て通り過ぎた。表情はハッキリとは見えなかったが、ニヤリと笑った気がした。  背筋が凍る思いで慌てて甲斐谷を突き放したが、再び通路を見た時には所長の姿は無かった。 「誠、お前今日はおかしいぞ? もう休むか?」  甲斐谷が気遣ってくれたが、一番忙しい夕方の食事とトイレ出しまで後2時間ほど。 「大丈夫、甲斐谷が変なこと言うから驚いただけだよ。虎鉄の慣らし散歩に行こう」  笑って誤魔化すと、甲斐谷は何か言いたげな顔をしたが言葉にすることはなかった。
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