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「忘れ物はない? 一泊分の着替えはキャリーの中に入れておきましたけど、パソコンとか原稿は大丈夫ですか?」  今日から健さんは、パネリストとして学会に出席するために出張だ。特別講演も依頼されているらしく、昨晩は俺もプレゼンソフトの入力内容や資料の最終確認を手伝った。  臨床現場の緊張感がひしひしと伝わってくる資料、そこには温度(心)を伴った冷静な理論が記されていた――もの凄く健さんらしい内容だな、と感じる。専門職間の連携、医師と看護師が一体となって現場で日々戦う様子が丁寧に説明されていて、現場で厳しく鍛えられていた頃の自分を思い出した。  健さんはあまり気乗りしないらしいけど、討論での健さんの発言や講演を聞いた医療従事者たちは、モチベーションをグッとアップさせることだろう。 「先生(健さん)が大勢の前で話す姿、俺も見たかったですよ。とにかく、頑張ってきて下さい」  普段、滅多に着ないスーツ姿の健さんは最高にカッコイイ。だから俺以外の人間にこの姿を見せるのは嫌だな、なんて狭量な思いを抱きながら、曲がってもいないタイのノットを整えるふりをしてそっと健さんに触れた。 「あれ。曲がってた? 久しぶりに締めたからな、有難う。知ってると思うけど、僕は根っからの現場人間だから、学会に行くことは気が進まないんだ――しかし、うちの病院が最先端の高度救急救命を標榜しているからには、これも仕事の一環だ。しっかり話してくるよ」  眉をハの字に曲げて苦笑を漏らす健さんは、既に四十近いというのに一見すると美青年といった風貌で、俺はいつでも誰かに盗られやしないかと心配だ。  今回に限っては俺達の関係を知っているベテラン師長も同行すると聞いているから、無用な心配だとは思うけど。  世の中は夏休み真っ只中で、俺もご多分に漏れずに休みだ。そこで今日は、はるも保育園を休ませて二人で市民プールに出かけることにした。いわゆる、夏の過ごし方の定番コースを堪能しようってわけだ。
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